新しい生命が芽吹く時

 農業を始めた頃、中々うまく作物が育ってくれないことの方が多かった。それでも信介は1度も挫けず腐らず、何度も丁寧に丁寧に農業と向き合い続けた。そして、初めて小さな芽が確かな根を生やしたのを見た時、信介はその芽にポロポロと雫を落とした。うまくいかない時は絶対に泣かないけど、その分心の底から嬉しいことに出会うと信介は静かに大量の涙を流しその喜びを噛み締める。信介は昔からそういう男だった。

「にしても。まさかこないぐしゃぐしゃな顔になるとは思わへんかったわ」
「……泣くな言う方が無理や」
「ふふっ。まぁ、確かに。確かにそうやな」

 帰ってくるなり居間で向かい合って座り、私が信介に告げた言葉。その言葉を受け止めた信介は「……そうか」と呟くなり顔を伏せた。かと思えば次の瞬間にはその伏せた顔からボタボタと雫が落ち始めたのを見て、私は思わず信介の傍に駆け寄った。

 “泣かずにおれるか”と鼻を啜りながら小言を続ける信介を笑い、丸まっている背中をさすってあげていると信介が私の腕を掴み「ありがとう」と力強く告げてくる。……私だって信介にお礼を言いたい。

「私と、この子を、信介にとっての幸せにしてくれてありがとう」

 そう言って微笑んでみせると、信介はまた静かにボタボタと涙を零す。その姿に「泣き虫か」とツッコむと、信介は「そうやな」と言いながら今度は笑ってみせた。その顔を見た瞬間、何故か私の方が号泣することとなった。
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