恋人でもサンタクロースでもないけれど

 昔となりのおしゃれななおねえさんは――馴染みのある有名な曲を口ずさんで苦笑を1つ。何もかもが違う状況にこの歌を重ねてしまうのは、私自身が大人になってしまったからだろうか。

 絵本だけのおはなしだと笑えれば良かった。あの日、そのままつれて行かれたままだったら良かった。それが叶わなかったとしても、もう少しだけタイミングを遅らせることが出来ていたら。「本当に行っちゃうんだ」と悲しそうに笑う彼に、「幸せになるから」なんて宣言したあの日の私が嘘吐きにならなくて済んだかもしれない。

「本当に行っちゃうんだ」
「幸せになるから」
「……よく覚えてたね」
「忘れるわけないでしょ。……俺は叶えてみせるから」
「……うん。頑張って」

 もしくは、もっと早いタイミングで。……違う。始まりからやり直せていたら。私たちの気持ちが1つの茎で結ばれていたはずのあの頃に、きちんと陽を与えていれば。今頃、違った幸せの形がここにあったのかもしれない。

「この先いつ帰ってくるか分からない」
「……そっか」
「ずっと行ったきりかもしれない」
「じゃあもう会えないかもね」
「そうかもしれないね。……でも、いつか会えるかもしれない」
「どうだろう」
「さぁ、」

 どうだろう――と呟く徹くんの瞳は、既に遠い国に向いている。彼は今から幸せを掴みに行く。その背中を止めることなんて出来ないし、してはならない。双葉だったはずの気持ちは芽吹かないことを選んだ。だったらそれを貫き通すべきだ。そんな思いで彼の背中を見つめていれば、「まぁ、会いたくなったら会いに来れば良いハナシだし」と振り向きざまにカラリと笑ってみせる徹くん。……いつの間にこんなに逞しくなったのだろう。

「会いに来れば――ってどっちに対しての言葉?」
「どっちもだよ」
「……なるほど」

 今度こそ旅立つ徹くんの背中を見つめ、あの曲の続きはどうだったっけと心の中で口ずさんでみる。ちょっとうまく思い出せないけれど、思い出せないままでも大丈夫。会いに来るのか、会いに行くのか――。明日になれば私もきっとわかるはず。
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