その恋を捕まえられるか

「ペル! チャカ!」
「ビビ様」

 訓練終わりの2人の額にはじんわりと汗が滲んでいる。そろそろ訓練が終わる頃だと予測していたビビ様は、事前に準備していたタオルを持って駆け出す。そのうしろをビビ様と同じように早足で歩き、3人のもとへと近付けばペルさんもチャカさんも私を迎え入れてくれた。

「お疲れ様です」
「ああ。なまえは大事ないか」
「はい。大丈夫です」

 ペルさんの視線が見つめる先には包帯が巻かれた私の左腕。ペルさんはその怪我の原因が自分にあると思い込んでいる。もはや見慣れた下げられた眉にこちらも困り顔を浮かべてみせると、ビビ様がそこに溜息を付け足した。

「なまえの怪我は元を辿れば私のせいよね? じゃあ私が1番申し訳ないわ」
「それは違いますビビ様! 私が勝手に強くなりたいと願ったのです! それをペルさんが聞き入れてくれただけで……」
「いや、私が悪いのです。なまえはあくまでもビビ様の侍女。そのような女性に加減の知らぬ特訓をつけてしまった私の失態です」

 3人で責任を請け負い合っていると、チャカさんが「そこまでです」と間に入る。でも、と食い下がるのは私とペルさんのみ。ビビ様はスッと引き下がり「この件は決着付かずってことね」と笑う。そう言われてしまえばもはや何も言い返すことは出来ない。ビビ様は私たちのことを気遣ってくれたのだと分かり、そのお心遣いに感謝の気持ちと同じくらい申し訳なさを募らせているとビビ様が私の顔を覗きこむ。

「せっかく恋バナして盛り上がってたのに。そんな顔しないで、なまえ」
「ビ、ビビ様……っ」

 まさかその話題を口にされるとは思ってもみなくて、息を呑む。染まってしまった頬を隠すように視線を地面へと逸らせば、チャカさんとペルさんが息を呑むのが分かった。「恋……」と思わず口にしたチャカさん。一国の姫が行う恋の話とは、それこそ国の行く末がかかったもの。チャカさんたちが興味も持つのも無理はない。けれど私にとってこの話題はあまり掘り下げられたくないものだ。

「ビビ様が恋を!?」
「なまえに好きな男が!?」

 チャカさんとペルさんの言葉が被り2人は顔を見合わせハテナを浮かべてみせる。対するこちらは口をポカンと開ける私とふふふ、と笑うビビ様。三者三様の反応を見せる中、次のリアクションをいち早くとったのはペルさんだった。腕を顔の前に持ってきて、自身の顔を隠す様子に、チャカさんもニヤリと口角を持ち上げてみせる。ビビ様は変わらずニヤニヤと笑っていて、その視線を私へと向けてきた。対する私は何も言葉を返せず視線を空へと泳がせ一時避難を図る。も、それをビビ様が許すはずもなく。

「まぁペルったら。私のことよりもなまえの恋愛事情が気になるの?」
「ビビ様っ、」

 姫様を蔑ろにしているわけではない、と言う為にあげた声。けれどその言葉の続きはいつまで経ってもペルさんの口からは出てこず。終いには真っ赤にした顔を見られた気恥ずかしさからか、彼はファルコンになって空へと逃げ出してしまった。……あの反応、私はどう受け取ったら良いんだろう。

「良かったわね、なまえ。やっぱり脈アリじゃない」
「そ、うなんですかね……?」
「……えっ!? なまえ、お前もペルのことを……?」
「まあ、チャカったら。気付かなかったの?」
「お恥ずかしくも。……一体いつからなんだ?」
「ふふっ。なまえ、教えてあげたら?」
「ビビ様……」

 再び始まってしまった恋の話に、私は居た堪れなくなってしまい空を見上げる。ペルさんは良いなあ。空に逃げれて。もはや姿を見つけることも出来なくなった相手を想いながら、私は次に会った時一体どんな顔をすれば良いのだろうかと頭を悩ませた。
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