檸檬の気配

 カフェを出てからふらりと歩く街中。その一角に雑貨屋を見つけ立ち止まる。ちょっと前までは別のお店だったような気がするけど、知らない間に移り変わっていたようだ。

「入ってみるか?」
「良い? ちょっと気になる」
「おう」

 私の言葉を受けて荒船がドアを開ける。そうして入った先では、予感通りの好きなインテリアが待ち構えていた。ここ、今日知れて良かったな。今度また来よう。当たりに出会えたことにウキウキしつつ店内を見て回ると、ピアスを陳列しているコーナーに辿り着いた。見た所このお店でハンドメイドされているらしく、1つ1つのピアスからこだわりを感じる。

「欲しいのか」
「欲しいけど……ピアスは校則に引っ掛かるよね」
「確かにな。じゃあ、こっちなら良いんじゃねぇか?」

 そう言って指さす先には“イヤリング”というポップと、ピアスと同じくらい彩られた陳列棚。確かにこっちなら遊び行く時に付けていけるし、服装検査もクリアだ。となると次は、何にするか――なんだけども。

「荒船、選んでくれない?」
「お、俺か? いや俺は」
「お願い」

 多分このままだと私、この場から動けないと思う。買い物をする時、結構悩んでしまうタイプだから1回家に帰って後日買いに行くこととかもザラだ。とはいってもここにあるイヤリングは1点物だから、今日という日を逃したくはない。とすれば、白羽の矢を立てるのはデートの相手だけで。

「あまり期待はしないでくれ」
「うん。期待してる」
「おい」

 ケラケラと笑いつつ、荒船がイヤリングを手にとっては私の耳元に宛がうのを見つめ続け。何個かに絞られ、そこからようやく2つになった。荒船って即断即決タイプだと思ってたけど、こんなに熟考してくれるとは。こういう所からも荒船の想いが伝わってくるから、眉根を寄せる荒船とは反対に私の口角は上がり続ける。

「こっち、だな」
「可愛い」

 こっちと言って持ち上げられたのは、ウェーブがかったメタルパーツにビーズが花束のように提げられているデザインのもの。今日の私の服にもピッタリだし、他のコーディネートにも合わせやすそうだ。……うん、荒船が熟考してくれたおかげで私は即決だ。

「ありがとう荒船。ちょっと買ってくる」

 礼を言いながらイヤリングを受け取ろうと手を伸ばすと、荒船は腕をぐっと上げてみせる。その様子を不思議に思いもう1度背伸びをしてみてもイヤリングには届かず。何度か踵を浮かせていれば、何度目かで荒船が吹きだした。コイツからかってるな……。

「選ばせたんだ。最後まで全うさせろ」
「えっ」

 そのままイヤリングは私の手に渡ることなく、それが届けられたのは店を出てからのことだった。一銭も払わずこんなにも可愛いイヤリングを手にしてしまって良いのだろうか。ハンドメイドだからそう安い買い物でもない。というか、今日のデートで私が払ったものと言えばカフェでの数百円だけだ。それも「端数だけでも! どうか、どうか……!」と懇願して出させてもらった金額。荒船はその対価を私の時間だと言ってくれるけど、色々と申し訳ない。

「……っ!」
「手を握るくらいしか出来ないんですけど」
「いや……充分だ」

 映画前とは違って指を絡め合う繋ぎ方をすると荒船の顔が反対の手で覆われた。照れ顔がもっと見たくて顔をずいっと覗かせれば、「見んじゃねぇ」と言って荒船は顔を逸らす。この感じ、いつぞやの帰り道の私みたいだ。攻守逆転している状況がおかしくて、「ははは!」と声を上げて笑えば「前まで俺と2人きりなだけで緊張してたくせに」と痛い所を指摘をされ固まってしまう。

「あの時は……意識し過ぎてただけだし」
「今は意識してねーのか」
「意識はしてるけど……それ言っちゃうと恥ずかしくなるでしょうが!」

 あー、もう。こっちがやり込めてる感じだったのに。しかも今の言葉で荒船も自爆してるし。……なんだこれ。恥ずかしいし心臓がバクバクしてる。これがデートというものか。

「ねぇ、今度は荒船の観たい映画に行こうよ」
「次も良いのか」
「荒船が良かったら、だけど」
「あぁ、よろしく頼む」

 きゅっと荒船の指に力がこもった気がする。その力に呼応するように私も力をこめれば、反対に荒船の頬はゆるゆると溶けてゆくから。その様子がおかしくて笑えば、荒船も真似するように笑う。今この瞬間、私たちの気持ちはきっと同じだ。




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