エンドロールにはまだ早い

 映画終わりに立ち寄ったカフェはもしかしてここもリサーチ済みなんだろうかと思うくらいにお洒落で、出される料理も見た目から味まで完璧だった。美味しいパンケーキにありつき、舌鼓を打ちながら交わすのは先ほどまで観ていた映画のこと――の前に。1つ訊きたい。

「ねぇ。荒船ってなんでそんな慣れてんの?」
「何に」
「デートに」
「別に慣れてねぇよ」
「いや慣れてる。雰囲気が慣れてる人のソレだわ」

 手を繋ぎたいと言ってきた時は不慣れな感じもしてたけど。それ以外は何もかもさらっとこなしてみせた。……なんというか、手慣れているのだ。何もかもに。その思いを腰を据えた所でようやく口にすれば、荒船は頭を掻いて「それはまぁ……デートの1つや2つ」と白状してみせる。……分かってたことだけども!

「ヘッ。なるほどですねぇ」

 デートの1つや、2つ。1つじゃ収まらず2つ。そうですよね、荒船ですもんね。おモテになりますものね。下唇をつきだしストローを咥えると、荒船の目がじっとこちらを探るような視線になる。その視線を真正面から受け止め見つめ合えば、「……怒ったか?」と問われた。怒ってるわけじゃない、けど。

「別に怒ってはない。訊いたの私だし」
「その、……すまん」

 我ながら身勝手な感情だなと思いはするけど、自分の考えを明かすことが荒船への協力になるなら。「まあ、もし。次こういう話になることがあったら」と言葉を接げば、荒船の視線が再び真面目なものへと変わる。

「元カノと行ったことがある場所とかだったとしても、黙ってて欲しいタイプかな。私は」
「分かった。頭に入れておく」

 そう言って素直に私の言い分を受け止める荒船に、ついさっきまでそこにあった不機嫌さは吹き飛ぶ。こういう所で“荒船は私のこと本気で想ってくれてるんだな”と感じるから、つい緩む頬を抑えることが出来ない。……というか。あれ? 待った。

「これは私から振る話だからノーカンだけど」
「おう」
「荒船って今まで何人かと付き合ってるわけでしょ? それなのにどうして私のことは好き“かも”で、分かんないの?」

 デートを数回こなしているということは、“好き”っていうのがどういうものか一応は知っているということ。それなのに私のことは“好きかもしれない”、“好きかどうかも分からない”と言う。ともすればそれって、“好きじゃない”という理論付けになるのではないだろうか。

「今までは、こんな風に向こうに合わせることに必死にならなかった」
「ほぅ」
「どうしたらみょうじに楽しんでもらえるか、ここはみょうじが好きそうなカフェだとか、こうやって必死に調べることもしなかった」
「……まじで?」

 現時点の状況を報告するように、荒船が自身の考えを告げる。確かに、今こうして向かい合う荒船からはきちんと想いが感じ取れるから、私もどう判断すべきかよく分からない。それでも、こうして打ち明けられる荒船の考えを聞いて私の気持ちが弾んでいることだけは分かる。今の所荒船の理論は構築されていないみたいだけど、私はこの状況を楽しいと思っている。

「付き合ってもらってるのに悪い」
「ううん。私も嫌じゃないから、大丈夫」
「それなら良いが」

 荒船に笑いかけ、「今日の映画、楽しかったね」とようやく映画の感想を告げれば「なぁ。なんであの場面で主人公は“嫌い”って言ったんだ? 見るからにあの主人公は男のこと好きだろ?」と今度は逆に質問を向けられた。両腕を組んで本気で悩む荒船に、思わず吹き出してしまった。その様子を見て、荒船は「なんで笑うんだ?」と再びハテナを浮かべる。

「多分だけど、荒船自身に恋愛理論のベースがないんだと思う」
「なっ、」
「ないというか少ない?」

 ないわけではないよなと思い直せば、「……まぁ、思い当たる節がないわけでもねぇ」と私と同じ声色で納得を返してきた。怒られるかもしれないという予想に反する声に思わず「そうなんだ?」と目を見開けば、荒船の視線が何かを思い出すように宙を彷徨う。

「この手の話が現実で起きた時、怒らせて拗れてっつーのが別れ話のパターンで……って悪い」
「ん?」
「さっき、こういう話したくないって言われたばっかだ」

 拳で額を小突く荒船に「んー、なんか今は大丈夫」と返すと、その手を離し「ん?」と意味を問われる。

「別れ話に至るまでのパターンを分析してる荒船が笑える。そういうパターン予測出来るのに、予防は出来ないんだなって」
「……だから今、必死なんだろ」
「なるほどですね……」

 ねぇ、荒船。今の所、大丈夫だと思うよ。




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