その音はときめくように

 約束の日曜日。指定された場所は私の家の最寄り駅。どうやらそこから歩いて数分の場所にある映画館へと向かうらしい。映画館のサイトで上映情報を見てみたけど、荒船が好きそうなアクション映画は上映されていなかった。

「荒船チョイス、何が来ることやら」

 もしくは落ち合ってから話し合うスタイルかもしれない。なんでも良い、とにかく。いざ荒船のもとへ。少し早歩きになる歩幅に置いて行かれまいと、ファッションショーを勝ち抜いたスカートがひらめいている。白Tに黄色のレースフレアスカート。もうすっかり夏だし、これくらいのビタミンカラーが爽やかで良いだろうとチョイスしてみた。荒船の好みを考えると大人しい色合いではないけども。そこはまぁ、私が着たいものを優先させてもらった。

「荒船!」
「おー」
「お待たせ」
「いや、俺も今来たとこだ。……そのスカート、良い色してるな」
「ほんと? 実は私も一目惚れしたんだよね」
「みょうじに似合ってる」
「……っ、ありがとう、」

 はい出たHPガン削りワード。前にも言ったはずなのに、どうしてこう邂逅1番でこういうセリフを言えちゃうかな。しかも私が着たくて選んだ服を褒めてくれるから、なおのこと嬉しい。ついにやける顔を下に伏せて隠すと、荒船の軽い笑い声が耳に入る。その笑い声の延長のような柔らかい声色で「じゃあ行くか」と言って足を映画館へと向けるので、私も慌ててついて行く。

「今からなら上映時間丁度良いな」

 スマホを見つめ呟く荒船。ということは、荒船はもう既に観る映画を決めているということか。

「何観るの?」
「みょうじが好きだって言ってた作家のヤツ、映画化してるだろ」
「えっ。じゃあアレ観るの?」
「……もしかして、もう観たか?」

 その言葉に否定を返せば、「良かった」と荒船は安堵の息を吐く。だってアレは公開されたばかりだし、いつか1人で観に行こうと思ってたやつだ。それをまさか荒船がチョイスしてくるとは。てっきりアクション映画だとばかり。……これって、まさか。

「私が好きだから?」
「…………そうドストレートに訊かれるとちょっと、」
「あ、違うくて。私が好きな作家の映画だから?」
「……あぁ、そっちか。……まぁ、せっかく付き合ってもらってるし」

 視線を逸らして肯定を返す荒船。その頬が少し赤らんでいるような気がして、その赤が私の頬にまで伝染してくる。うーーーーん、荒船さん。こっちのHP削るのお上手ですね? 普段キリっとしてるくせに、こういう時だけ可愛らしく振舞うの、ズルいですよ? そういうの、私にさせて頂けませんか?

「私側に理論が構築されていく気配」
「ん?」
「なんでもない! 早く行こう。チケット、売り切れちゃうかも」
「それなら大丈夫だ。既に買ってある」
「……スマート!」

 デート相手としての振る舞いがここまで完璧過ぎる。私の理想そのものを体現してみせる荒船につい頭を抱えれば、荒船の体がビクっとなるのが分かった。つい取り乱してしまったと咳払いをし「その、ありがとう。色々と」と礼を告げると荒船は嬉しそうに笑う。

「みょうじに満足してもらえてるなら、俺も嬉しい」
「これさぁ。私、荒船に何かしらの理論構築してあげられてる?」
「あぁ、大丈夫だ」

 大丈夫と荒船は言うけど。告白されてから今日まで、私が何かをしてあげられた記憶がない。学校では変わらず他愛もない会話ばかりだし、一緒に帰ることはあったけど。でも、それだけだ。本当にこれで私は荒船の力になれているのだろうか。

「手とか繋いだ方が良い?」
「手っ、なっ、い、良いのか……?」
「それで良いのか分かんないけど。なんかそれくらいはしないと割に合わないような気がして」
「俺は、みょうじの時間を貰えるだけで良いんだ」

 荒船の言葉に遠慮は見えない。荒船レベルになるとそういうものなんだろうか。本人がそう言うことに、こちらがいつまでも引っかかるのも変だ。そう思い直して「なら良いけど」と呟けばバッと腕を掴まれ、私の歩みが止まる。

「どうしたの?」
「だが……その、繋げるのなら……手は繋ぎたい」
「あ、え、あ……うん」

 伏せた顔は帽子のつばに隠れて見えないけど。きっとさっきみたいに赤らんでいるのだろう。その赤は今度は繋がれた手によって伝染してくる。私たちの間で理論が構築されていく音が鳴り響いているのは、気のせいだろうか。




- ナノ -