少年Aの恋愛理論

「好きかもしれねぇ」

 お気に入りの小説を読んでいる時に、荒船から話があると言われ呼び出されてみれば。好きかもしれないらしい。その言葉をうまく噛み砕けず、すっとんきょうな顔で「何が?」と問えば切れ長な目を真っ直ぐとこちらに向け、「みょうじのこと」と指名された。

「……誰が?」
「俺が」
「……は、はっ!?」

 誰も居ない場所、2人きりの空間。そこを選んで告げられた“好き”という言葉。普通ならそれだけでこういう類のものだと分かるはずなのに。何度か不毛なやり取りを交わしてようやく得た情報は、にわかに信じがたいものだった。

「なんで、」
「なんで好きか――というか、好きなのかをずっと考えてるけど分かんねぇ」

 なんで急に? と問おうとした私より先、荒船が首を傾げながら呟いた。いや確かにその気持ちも分かるけども。私たちはずっと気の置けない友人でやってきたはずだ。それなのにどうして今更色恋を持ち出すのだろうか。……というか荒船。好きなのかを考えてるけど分からないって……。

「……それは好きといわないのでは?」
「だから分かんねぇっつってんだろ」
「なんでキレられないといけないだ私」

 眉根を寄せて吐き出される声。不服だけどここは謝っておくかと頭を小さく下げれば、観念したような溜息と共に「だから、付き合って欲しい」と告白事ではお約束のワードが吐き出された。

「それは恋愛的なものですか?」
「……ひとまず、俺の気持ちを理論的に説明出来るようになりたい」
「じゃあその理論構築に、付き合うってこと?」
「とりあえずは後者で頼む」
「はぁ、」

 理論構築に付き合うというのは……まぁ、恋愛事というのと少し違う。いわば友達の課題や訓練に付き合うようなものだ。それを無下に断るというのはちょっと、不親切な気がしなくもない。

「ダメか」
「いやダメじゃないけど……もしそれで“やっぱコイツ嫌い”ってなった時、なんか私がフられる感じがするなぁと」

 告ってもないのにフられる私ってかなり寂しいヤツじゃないか? しかも相手はそれなりに親しかった相手なわけで。そういう終わりを迎える時、私は友人も1人失ってしまうということ。そう考えると素直に頷けないのもまた事実。

「それはないだろ」
「えっ?」

 どうして言い切れるんだろう――その疑問を顔に出せば、荒船はそれを読み取り「俺がみょうじをフることはねぇ」と言葉を続けてみせる。……なんかさっきから、荒船の言ってることがいまいち理解出来ない。

「俺が構築したいのは、“どうしてみょうじが好きかもしれないか”っつーことだから」
「好きかどうかも分からないんでしょ?」
「あぁ。でも、嫌いではない」
「んん?」
「だから、この時点で俺がみょうじを“嫌い”と思うことはねぇ」
「そんなの分かんないじゃん」

 この空間は一体なんだ。告白イベントというのはもっと雲泥の差が生じるものではないのか。なのにここは喜びも悲愴も漂わず、ハテナが支配している。その空気感に荒船は動じることもなく、「これは分かる」と言い切ってみせる。その言い切りに、私の頭にまた1つハテナが浮かぶがそれでも荒船は動じない。

「とにかく。もし“違う”となったとしても、俺がみょうじを嫌いになることはないし、友達関係まで崩れることはしねぇ」
「……本当に?」
「あぁ。そっち側の心配はしなくて良い」
「その自信の根拠がよく分かんないけど……荒船がそこまで言うなら」

 ここまで自信を持っているのなら、本当にそこは大丈夫なのだろう。何せ相手は荒船なのだから。ここまでやり取りして、そこでようやく「分かった」という言葉を出せば荒船も「よし」と短く言葉を呟いた。

「これからよろしくな、みょうじ」
「……こちらこそ」

 荒船にとっての告白は無事成功したようだ。……対する私は一体どういう気持ちになれば良いのだろうか。その疑問を荒船に投げてみようと思ったけど、荒船の表情がどこか弾んでいるように見えたので、そっと胸の内にしまうことにした。




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