少女Xの恋愛理論

 荒船から休日の予定を尋ねられるのは2度目のこと。少し前のデートが思い返され、胸が弾むのが分かる。荒船が指定したのは土曜日で、ランク戦終わりに行きたいご飯屋があるのだという。

「おかーさん! ごめん、今度の土曜日私買い物パス!」

 母親が何か言ってるけど、それはもう耳に入ってこない。それよりもクローゼットの服たちと手を取り合うことに意識が引っ張られる。鼻歌混じりでファッションショーを行っていれば、“匂いがついても良い服が良いかも”というメッセージが届けられていた。匂い……焼肉とかだろうか。

「ねぇ! このジーンズとTシャツ、キャップ被ってもおかしくないよね!?」

 ジーンズとTシャツを持って母親のもとに行けば、「別に良いんじゃないの」なんていうあっさりめの返事。そのことに「もうっ」と息を荒げ舞い戻る自室。荒船に買ってもらったイヤリングも付けて行きたいし、髪の毛は結ぶか。



「お疲れ様」
「おう、悪い。待たせた」

 指定の場所で荒船を待っていると、数分もしないうちに荒船が現れた。一仕事終えたであろう荒船を労えば「悪いな。俺の都合に付き合ってもらって」と片手をあげて軽く詫びられる。今日はこの前にみたいに1日中ってわけにはいかないけど。それでも、充分楽しめる予感がするから。

「会いたくなったらいつでも連絡して。付き合うから」
「……みょうじからの連絡も待ってるぞ」
「は、い」

 荒船の言葉に照れるのと、手を握られるのはほぼ同時。そうして歩き出す荒船は「そういえば」と言って振り向く。その言葉に視線を返せば「帽子、お揃いだな」とはにかまれた。……荒船は、気付いて欲しいことに気付いてみせる。そしてそれをサラっと言ってしまう。恋愛理論ないくせに、地でモテ要素が備わってるのがずるい。

「それとイヤリングも。似合ってる」
「〜っ、荒船も! その帽子、似合ってますけど!」
「なんでキレられないといけないだ俺」

 ハハハと笑う荒船にむすっとしつつも「どこに行くの?」と問うと「かげうら」と行き先を告げられた。“かげうら”って確か、美味しいって評判のお好み焼き屋だ。そういえばそこの息子さんがボーダー隊員だったような。

「俺の行きつけの場所でな。ランク戦終わりにここで食うお好み焼きが1番うめぇ」
「へー、そうなんだ」

 今から行く場所は、荒船にとって大好きな場所らしい。顔の横がキラっと光っているような気がして、私の頬も楽しさを帯びる。それに荒船の大好きな場所に私を連れて行ってくれることも嬉しくて、人知れず「ふふ」と笑い声が溢れた。こうして歩く街中は、ちょっとしたことも笑いの種になるから目に入るもの全部が楽しいものに見える。今の私たちは、前に出会ったわんちゃんみたいだ。

「ふはっ」
「どうした」
「いや、この間会ったわんちゃんもこういう気持ちだったのかなって」
「……俺は犬は苦手だ」
「知ってる。あと、水も苦手だよね」
「なんでそれを……!」

 驚愕している荒船に「授業」と端的に告げれば、「あぁ」とすぐさま納得された。前より素直だなと思っていると「恥ずかしがることじゃねぇんだろ」とニヤリと問われ。今度はこっちが言い詰まる番。こないだの“格好良い”発言は、しばらく荒船の中に居座り続けそうだ。



「どれにしようかな〜……」
「どれも美味いぞ」

 荒船の言葉に垂涎してしまう。このままだといつもの長考コースだと思い、荒船におすすめを選んでもらうことにした。今回は即断即決をしてみせた荒船によって、私たちの目の前に2つの具材が届けられる。荒船の手際の良さに感嘆しつつ、私も具材を焼きそれを食せば、荒船がここに来たがる理由を舌から思い知る。「美味しい!」そう感想を口にする私に「だろ?」と荒船も嬉しそうに笑う。

「連れてきてくれてありがと」
「みょうじには俺の好きな物も知って欲しいからな」

 ケロっとした顔でこういう真っ直ぐな言葉を言えちゃう荒船。やっぱこっちのHPガンガン削ってくるんだよな。そしてそれは言葉だけじゃなく、お好み焼きを食べて緩む荒船の表情からも削られてゆく。

 誰かの苦手の物や、好きな物が知れること。そして、その人がそのことで焦ったり笑ったりしている。それによって私も同じに気持ちになるなんて、初めてだ。……ねぇ、荒船。私はもう既に理論構築出来たけど、荒船はどうですか?




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