そのメリットとは何か


 牛島くんと関わるようになって分かったことがある。それは、牛島くんも左利きで苦労している部分だってあるということ。
 例えば書道の時間。どうしても払いの部分が上手くいかないらしく、シャーペンで書く時よりもだいぶ不恰好な字が書道紙の上で出来上がっている。とはいっても牛島くんは普段からバランスの良い字を書くから、そこまで下手というわけでもないと私は思う。ただ牛島くんにとってはあまり見せたいものではないようで、私が覗こうとすると決まって書道紙を私から遠ざけてみせる。

「なんで隠すの?」
「見せれる程のものではない」
「そう言われると余計見たくなるんですが……」
「……」
「だめ?」
「駄目だ」

 こんな会話を繰り広げるけれど、牛島くんは折れてくれない。まぁ嫌がることを無理になんてしたくないから、私も大人しく引き下がっている。……私なんかより断然上手なのに。自分の書いた字の方が見せられないなと自分の書道紙を見ていつも思う。
 あとは、茶道の時間。白鳥沢ともなると授業の一環としてお茶の点て方も習うのだ。そして、その中でも苦戦してしまうのが煎茶道の時間。煎茶道は急須を使って、茶葉に湯を注いで飲む形式を採っている。その急須に私達左利きは悩まされる。学校にある急須は取っ手が右側で注ぎ口が左側、と右利き専用のものしかない。それを使って茶碗に茶を淹れる時にどうしても上手く注げずに零してしまう。
 私にとっては正直言ってこの授業が1番辛いかもしれない。コンプレックスである左利きのせいで、みんなよりも手間取ってしまって謝ることが多いから。
 自分の番をどうにか終わらせ、他の人の点前を見る番になった時。ふと男子側の点前を見てみると丁度牛島くんが亭主をしている所だった。牛島くん、着物姿似合うなぁ。そんな感想をぼんやりと浮かべながら牛島くんの所作を見ていると、私と同じように茶を零してしまった。

「失礼しました」

 そう言って謝っている牛島くんに“やっぱり淹れにくいよね”なんて共感する気持ちがいつも湧いてくるのだ。
 そして、今。教室で私の隣に座る牛島くんは、はさみと格闘中である。分かるなぁ。はさみ、左利きからしたら切りにくいよね。ちょきちょき……と何度も紙の同じ場所を切っている牛島くんが微笑ましくて、ずっと見ていたいななんて思うけど。それじゃあ牛島くんが可哀想だ。

「牛島くん。良かったらこれ使って。今は左利き専用のはさみとかも出てるみたいだけど、私はずっとカッター使ってるんだ」
「そうなのか」

 私の差し出したカッターとマットを受け取り、はさみで切っていた紙をマットに置いてカッターを走らせる牛島くん。「……なるほど。確かに、はさみよりは断然使い易いな」静かに感動する牛島くんに「ふふ、でしょ?」と得意げに笑う。なんだか2人で店頭販売してるみたいだ。
 ふふ、と笑う私をじっと見つめた後、「みょうじは前に左利きは不便だと言っていたな」と問いかけてくる。

「え……あ、うん」

 私が初めて牛島くんと話せた時に言った言葉。あの時はとんでもないことを言ってしまったともの凄く焦った。自分からしてみれば嬉しくもあり、ちょっぴり苦くもある出来事を思い出し言葉が濁る。

「バレーにおいて、俺は左利きで困ったことはない。しかし、日常生活だと右利きの人に比べて不便だと感じる事も多々ある。だが、俺は最近日常生活でも左利きで良かったと感じることが増えたと思う」
「え?」

 牛島くんの言っている言葉の意図が掴めずキョトンとしてしまう私の顔を見て、牛島くんは少しだけ笑って「……いや、なんでもない」と私が渡したカッターを使って紙を切る作業へと戻ってゆく。その言葉の意味を問い質してみたい衝動に駆られても、牛島くんは既に自分の世界に入ってしまっている。それでも、やっぱりその言葉の意味を知りたい。

 ねぇ、牛島くん。どう意味なの。教えて。

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