楽しくて眩しい


「みょうじ、今日の昼食は弁当か?」
「うん。今日は卵焼き入れてたから、それが楽しみなんだ」
「そうか。では、行くか」
「うん。牛島くんは、今日は何食べるの?」
「ハヤシライスだ」
「また? 牛島くん、ハヤシライス好きだねぇ」
「あぁ。バランスが偏らないよう、サラダとスープも付けるつもりだ」

 食事にも真面目さが出ているような、出ていないような。牛島くんと雑談しながら食堂までの道を2人で歩く。山形くんもしばらくは一緒に行っていたけど、いつしかお昼になると「じゃあ、俺行ってっから」とそそくさ教室を出て行ってしまうようになった。山形くんと3人で歩くのも嫌じゃないけど、牛島くんと2人で過ごす時間はやっぱり特別だと思う。

「若利くん! なまえちゃん!」

 先に座っていた覚さん達の呼びかけに応じ、会釈しながらみんなの所へ向かう。
 初めてみんなとご飯を食べた次の日。昨日は楽しかったなぁと思い出に浸っている私に「みょうじ、今日のお昼は弁当か?」といつものように牛島くんが問いかけてきた。今日も食堂に行けたらなぁ、なんて我が儘が顔を覗かせるけど、昨日が特別だったんだと思い直して「うん。今日はお弁当持ってきたよ」とお弁当をちらつかせてみせた。

「そうか」

 その言葉に「行ってらっしゃい」と答え、送り出そうとする私に牛島くんは「では、行くか」と告げてきた。思わず「どこに?」と訊き返してしまった私を至極当然だという眼差しで見つめながら「食堂に、だ」と冷静に返してきた。毎日のやり取りに変化が訪れた。そこから、お昼休みは食堂にお弁当を持って行って、みんなと食べながら過ごすようになった。これが日常になるなんて。私がこんなに贅沢な日々を過ごしても良いのだろうか。

「みょうじさん、今日のお弁当は何が楽しみなんだ?」
「今日は卵焼きです!」

 思考を目の前へとシフトし、大平さんの質問に答えると「そっか。お弁当、いつも美味しそうで良いね」と笑ってくれる。中々敬語は外せないけど、今ではみんなともだいぶ落ち着いて話せるようになれたと思う。

「俺、今日スープとサラダ頼んだんだ〜! 若利くんもでしょ?」
「あぁ」
「じゃあさ、じゃあさ。俺がサラダ取ってくるからさ、若利くんはスープ担当してよ! そっちのが効率良いじゃん!」

 覚さんの提案を瀬見さんが「おいおい、こんな人が多い中を両手にスープ持った状態で歩かせたら危ないだろ。お前も一緒行けよ」と嗜める。瀬見さんの言葉に「あ、そっか。グットアイデアと思ったんだけどなぁ。残念」と思い改め肩を落とす覚さん。……それなら。

「あの、良かったら私、一緒にスープ取りに行きましょうか?」
「えっ、良いの!?」
「はい。一緒にご飯を食べてくれるお礼です!」

 再び目をキラキラさせる覚さんに意気込みを返すと「ありがとう〜! じゃあ俺がサラダ担当! 若利くんとなまえちゃんがスープ担当ね! んじゃ、またここで会いましょ〜!」と歌い出しそうな声を上げてサラダが置いてある場所に軽い足取りで向かって行った。覚さんはいつも楽しそうだなぁ。

「ではスープ担当、よろしく頼む」
「あっ、はい。こちらこそ。よろしくお願いします」

 覚さんから任命されたスープ担当を真面目にこなそうとする牛島くんを微笑ましく思いながら、2人でスープコーナーへと向かい思い至ること。私と牛島くんは左利き同士だ。

「スープ任務、私達相性悪いね……」

 スープを掬う為に置いてあるレードルと格闘するけど、中々上手く掬うことが出来ない。煎茶道の時みたく、スープ用のレードルは取っ手が右側にあり、先端は手前に向かって尖っている。いわゆる、右利き用だ。せっかく名乗りをあげたのに。
 苦戦しつつもなんとか任務を全うし、テーブルに戻ると既にサラダ担当を終えていた覚さんから「おかえり〜。随分苦労したみたいだねぇ」と労われた。

「遅くなってすみません。左利きだと中々掬いにくくて」
「えっ、じゃあ右手でやったら良かったのに! 掬うくらいなら、右手でも出来るんじゃない?」

 あっさりと打開策を持ちかけられて、ハッとする。……そうだよ。それくらいの単純作業なら右手でやれたはずだ。なんで左手を使うことに固執してたんだろう。牛島くんと一緒だったからかな。

「えっ、もしかして2人して左でなんとかしようとしてたの? 真面目だねぇ!」

 ツボに入った覚さんからずっと「もー、なまえちゃんも若利くんも天然なんだから〜!」とか「そういう所、ほんと似てるよねぇ」と茶化される。ちょっと恥ずかしい。

「……覚さん、ちょっと笑い過ぎですよっ」

 恥ずかしさから顔をムスッとさせて言葉を返すと、そこでようやく「ごめんごめん、スープありがとね」と矛を収めてくれた。……まったく。覚さんは明るいけど、明る過ぎる。羨ましくもあるけど、行き過ぎるんだ。ちょっとは分けて欲しい。そんなことを考えながらお弁当を広げていると、ずっと黙っていた山形くんが「なぁ」と口を開く。

「ずっと思ってたんだけどさ、みょうじさんってなんで天童のこと下の名前で呼ぶんだ? 俺とか若利とか同じクラスのやつですら名字にくん付けなのに」

 そう質問されても、私にはその質問の意味が分からない。

「え? 私はずっと覚さんのことも名字にさん付けで……え? “覚さん”って名字じゃないんですか?」
「うん、そうだよ。俺の名前は天童覚だよ」
「エッ」

 驚愕の事実だ。私、ずっと“覚”が名字だと思ってた。じゃあ私はずっと下の名前で呼んでたってこと……? 言われて初めてそう言えば何度か“天童”という名前を耳にしたとハッとする。自分の中で勝手に“覚”が名字だと思い込んでたから、さして気にしていなかった。

「ご、ごめんなさい……! 私、てっきり名字が“覚”なのかと……!」

 慌てて謝る私を見て、当の覚さんは「え、なんで? 謝んなくて良いよ。だって俺、自己紹介した時下の名前しか言ってないもん」とあっけらかんと答える。「そっちの方が仲良くなれそうだったし。あと、俺もなまえちゃんって呼んでるから。お互い様で良いじゃん。これからも下の名前で呼んでよ」そう言葉を続けた覚さんに「覚さんが良いなら……」と提案を受けると「うん! それで良いよ〜!」と今度はメロディーに乗せて答えてくれた。
 良かった……。今更名字呼びにするのは私も距離を感じて嫌だったから、覚さんの提案はありがたい。内心ホッとしていると、私の隣に座っている牛島くんの眉根がぐっと寄っていることに気付く。

「牛島くん?」
「俺も、下の名前を名乗っていれば良かったな」

 ……牛島くん。ごめんだけど、それは無理があるよ。牛島くんの言葉に思わず吹き出し「牛島くんのことははじめからフルネームで覚えてたよ。牛島若利って。だから、牛島くんから下の名前だけで自己紹介されたとしても、“牛島くん”って呼んでたと思う」そう素直に伝えたら、牛島くんの眉根はもっと寄ってしまった。あれ、何か間違えちゃったかな。

「みょうじさん、若利のフルネームは知ってて俺らの名前は知らなかったんだ」

 大袈裟にしょげてみせる瀬見さんに慌てて「ごめんなさい……! でも皆さんのフルネームももうちゃんと覚えました! 牛島くんの仲間で、友達ですし!」と取り繕う。でも、本当。みんなの名前はバッチリ覚えてる。

「みょうじ、俺のことも下の名前で呼んで構わない。左利き同士だからな」
「理由こじつけすぎだろ!」

 牛島くんの提案に笑う山形くん。対する私は「えっ、恐れ多いし、恥ずかしいよ」と慌ててしまう。牛島くん、下の名前で呼ばれることに並々ならぬこだわりでもあるのかな?

「あっ、じゃあニックネームはどう? ウシワカ〜って!」
「あー……牛島くんが嫌がってるし、それは遠慮しておきます」
「えー? ホントだ。眉間の皺すっごい。アハハ! じゃあまぁ、追々だね。てかさ、今度大学生との練習試合があるんだけどさ、なまえちゃんも観に来てよ!」

 話の流れが180度変わったかと思ったら、今度はバレーの試合観戦のお誘いだった。意識が一気に引っ張られる。

「えっ、良いんですか?」
「モチロン! なまえちゃんが応援してくれたら、みんなの頑張りも違うんじゃないかな〜。ね、若利くんっ!」
「しかしみょうじ、人が多い場所が苦手と言っていたが、大丈夫か?」
「苦手だけど、行ってみたい気持ちの方が強いかも。でも、逆に私ルールあんまり分からないんだけど……。そんな人が行っても良いの?」
「あぁ。来る人に資格なんて必要ないよ。みょうじさんが来てくれると嬉しいし。なぁ、若利」
「みょうじさん来てくれるなら絶対勝たねぇとな! 俺達インターハイ優勝するくらいには強いからさ、楽しんでもらえると思うぜ。メダルを獲れたのは、メンダルが強かったから! なんてな!」
「俺も、控えセッターだけど、ピンサーとかで出るからさ。俺の活躍も見てくれよ!」

 不安を表に出したら、みんながそれぞれの言葉でそれを拭ってくれる。ありがたいなあ。今は普通の男子高校生に見えていても、コートではまた違った表情でボールを追いかけるんだろうな。そんなみんなを、自分の目で見てみたい。自分の声で応援したい。

「応援、絶対行きます!」

 今度の日曜日が楽しみだ。

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