通じる想い
「褒美が欲しい」
そう言った時のみょうじの顔はオロオロしていた。
「わ、わかとし、くん」
顔を真っ赤にして俺の名前を呼ぶみょうじを見ていると、自分の気持ちを抑えられなかった。
「みょうじが好きだ。ずっと、好きだった」
俺を映すその瞳を見て、みょうじのことをもう1度抱きしめたいという欲求が襲ってくる。しかし、時間がそうすることを許さない。どうにか自分の欲求を抑え付け、みょうじから距離をとる。
「……答えはすぐにとは言わない。前向きに考えてくれるとありがたい」
そう言ってみょうじに背中を向けて歩きだす。……本当は、春高進出を決めたら想いを告げようと思っていたが。思うようにはいかないものだな。
バレー尽くしの生活だった。それで良いと思っていた。……しかし、あの時図書館で勉強に勤しむみょうじの姿を見た時から、少しずつみょうじとの思い出が増えていき、今ではバレーと同じくらいの思い入れがある。
足を止め、少しの間感傷に浸る。悔しい気持ちもあるが、充分やりきったと言える。こんなにも清々しい気持ちが溢れてくるのは、みょうじのおかげでもあると言える。そしてたった今、俺の高校でのバレー生活が終わったのだ。
どうしても抑えきれなかった気持ちを一方的にみょうじに伝えてしまったことは申し訳ないと思う。ただ、まずはバレーと一旦区切りを付ける為に、主将として最後の役割を果たさねば。その後にもう1度みょうじの気持ちを訊こう。
そう決心し気持ちと表情を引き締め、みんなが待っている場所へバレー部主将として歩きだす。
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“月曜の朝、少しだけ時間をもらえる?”
部活の引き継ぎを終え、100本サーブをこなして寮に戻ると携帯のランプがメールの受信を知らせていた。
普段滅多に扱わない携帯を開き画面を確認すると、差出人はみょうじだった。書かれていた文面を読んで柄にもなく心臓が脈打つのが分かる。少しだけキーの上で指を迷わせ、ポチポチとキーを押して送信する。するとすぐに電子音が鳴り“ありがとう。じゃあ、月曜日に図書館で”というみょうじからの返事を知らせる。
こんなにも月曜日になることを待ち遠しく、怖いと思ったことがあっただろうか。……俺はとことんみょうじのことになると自制がきかなくなるらしい。我ながら呆れて思わず笑いが零れてしまう。
「おはよう。一昨日はお疲れ様」
「ああ。みょうじもありがとう」
あれから家に帰って、若利くんにどう答えようかと考えた。一生懸命伝えてくれた言葉に、私も私なりに精一杯の形で答えたい。
そう考えて、辿り着いた答えを実現する為に英語辞典と紙を机に広げて、噛り付くようにそれらと向き合った。
そして、今。私と若利くんはあの小机に2人で向き合うようにして座っている。若利くんから好きって言ってもらったんだと思ったらまた胸が焦げそうになるけれど、意を決して何度も書き直した手紙を差し出す。
「これは?」
「あの、一昨日言ってくれたこと。私なりに考えて、きちんと返事したくて。だから、今私が頑張ってるって胸を張れることで、私なりに返事をさせてください」
「分かった」
そう言って手紙を受け取った若利くんの目線が、横へとゆっくり時間をかけて滑ってゆく。そして、最後まで目を通してから顔を上げた若利くんが、いつか私に向けてくれたはにかむような笑顔で答えてくれる。
俺も同じ気持ちだ――と。
そんな若利くんの目を見て、私も負けないくらいの笑顔を返す。
「若利くん、大好きだよ」