ある意味デートのお誘い


「昨日、来てくれたんだな」
「うん! 楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」
「いや、礼を言うべきなのは俺だ」

 朝、いつものように牛島くんと2人で教室に入ると、山形くんが待ってましたと言わんばかりに顔を爛々とさせて私たちに声をかける。

「みょうじさん! 昨日はありがとな!」
「ううん、こっちこそ。楽しかったです。みんな、本当に強いんですね!」
「あっ! 昨日俺らにタメ口で話してくれたのに! また敬語に戻ってる!」
「え、いつですか?」
「ほら、試合終わった時、叫んでくれたじゃん! 俺らそれ、嬉しかったんだぜ?」

 知らないうちにタメ口を使っていたことを謝るより先、「だからみょうじさん、今日から俺らに敬語使うの禁止な!」と山形くんは強制的に取り決めをしてみせた。

「きゅ、急には……ちょっと」
「うん、すぐにとは言わねぇけどさ。俺らもみょうじさんともっと仲良くなりてぇし。ちょっと強引だけど、そうさせてもらうぜ」
「分かっ……た」

 仲良くなりたい――その気持ちは私も同じ。山形くんから言ってもらったおかげでタメ口のハードルが少し低くなった気がする。そのことに感謝しながら「徐々にだけど……敬語外していく、ね」と伝えれば、山形くんも「おう!」とはにかむ。友達って、良いなぁ。こんな私を受け入れてくれて、本当にありがたい。



「なまえちゃーん! 昨日の試合、俺格好良かったでしょ? 俺のゲス・モンスターぶり、凄かったゲス??」
「天童、その語尾はやめた方がいいぞ」
「俺のサーブ、どうだった?」

 お昼を迎え食堂に行くと席に着くなり、同じテーブルを囲っていたメンバーから口々に捲くし立てられた。みんな、いつも通りの男子高校生に戻ってる。なんだろう、ちょっぴり安心する。コートに立つみんなはオーラみたいなものが出てたから。だけど「みんな、格好良かったよ」こうも思った。
 素直に思ったことを口にすると、一瞬だけ間が空いて「なまえちゃん! 敬語……!」「やっと若利以外にもタメ口になってくれたんだな!」「俺が教室で強制ルール決めたからな! 俺に感謝しろよな!」「隼人、無理強いは良くないぞ」と盛り上がりを取り戻す。バレーしてる時は格好良くて、今は面白い。どっちのみんなも好きだな。

「大平さん、無理強いじゃないよ。私も、みんなと仲良くなりたい。……だから、タメ口で話し、させてください」
「なまえちゃん、早速敬語になってるよ〜」
「あっ」

 口を押さえるとその様子を見てみんながケラケラと笑う。楽しいなぁ。
 贅沢な日常が戻って来たと感じていると覚さんから「でもさぁ、なんで若利くんにはじめっからタメ口だったの?」と尋ねられた。その質問に1番喰いついている牛島くんと目が合う。言葉をあまり発さない分、目での訴えが凄い。

「なんで……。牛島くんにはずっと憧れ? みたいなのがあって、それで、仲良くなりたいって気持ちがずっと心の中にあったから……かな?」

 視線から逃げるように俯きがちに自分の気持ちを話す。まさか、自分のこの気持ちを誰かに話すことになるなんて思いもしなかった。しかも、それが本人も居る場だなんて。どうしよう、恥ずかしい。
 俯いた顔を上げることが出来ないでいると「若利ぃ〜、お前幸せモンだなぁ!」「羨ましいぜ、まったく」と瀬見さんと山形くんの声がする。「……あぁ。そうだな」それらに答える牛島くんの声に、心臓がドキリと高鳴る。

「みょうじにそう言ってもらえて、俺は幸せ者だ」

 俯いていたから牛島くんがどんな表情でその言葉を言ったか分からないけれど、声がとても優しくて、それが私の耳を熱くさせる。そんなこと言ってもらえる私の方が幸せ者だよ、牛島くん。

「2人しておアツイんだから。妬けちゃうゲス。俺のおかげだってこと、忘れないでゲスよ〜?」
「天童、その語尾いい加減やめなさい」
「なんなら獅音も言ってみる? ハマるゲスよ?」
「遠慮しておく」
「天童、そのゲスって言うのはなんなんだ?」
「おっ、英太くん興味ある?」
「あっ、いや別に。隼人の駄洒落くらい興味ねぇわ」
「おい! 急に俺をディスんなよ!」

 誰かが日常会話へと話をシフトさせ、またいつも通りの会話が戻って来たと思っていたら、覚さんが「期末テスト!!」とハッとしたように体を硬直させる。数週間後か。良い成績出せるかな。

「あぁ、期末テストな」
「これも学生の本分ではあるよなぁ」
「何その感じ! なんでみんなそんな余裕なのさ!」
「そりゃまぁ、部活終わりに勉強してるし。まぁ」
「裏切り者!」
「なんでだよ、当たり前だろ」
「そんなんだからみんなジャンプ読まなくなるんだよ!」
「謎理論」

 俺の人生終わった……と悲壮な顔を浮かべる覚さんに、大平さんが溜息混じりに「はいはい。部活終わりに勉強教えてあげるから」と助けを出す。「えっ良いの!」と喜ぶ覚さんに「いやてか、大体テスト前になると天童は若利か獅音に助け求めてんだろ」と鋭いツッコミを入れるのは瀬見さんだ。「あっ、まぁ確かに!」とすんなり受ける覚さんも手慣れたもの。
 勉強か。これは私が頑張らないといけない分野だな。私も今日から勉強時間増やそうかな。覚さん達の会話を聞きながら計画を練っていると「みょうじは試験勉強も図書館でするのか」と牛島くんから尋ねられる。

「うん。今日から長めにしようかと思ってる」
「俺も一緒に勉強しても良いか」
「勿論。でも、みんなと勉強しなくて良いの?」
「みょうじと勉強した方が落ち着いて学習出来る気がする」
「……うん。じゃあ一緒に、勉強しよう」
「ありがとう。……では、部活が終わり次第図書館に向かう」
「分かった」

 なんか、ドキドキする。ただ一緒に勉強しようって誘われただけなのに。なんだか、デートのお誘いを受けたみたいな気分。牛島くんと一緒に勉強するだなんて、私の心が持つのかが心配。だけど、2人で過ごせることにワクワクもしている。私の感情も騒がしくなったなぁ。緩む口角とドキドキとうるさい心臓を落ち着かせる為に、お茶を一口そっと含む。そんなことくらいじゃ全然治まってくれなかった。

prev top next
- ナノ -