ありがとう


 練習試合といっても、これだけの観客が押し寄せる部分が強豪校たる所以なんだと思う。注目度が違う。
 日曜日。教えてもらった大学の体育館に赴き、ギャラリーの混み具合を見て今更な実感をする。周りの歓声も凄い。男子も多いけど……女子の方が多い気がする。学校の制服を着た子も居れば、私服の子も居て、白鳥沢バレー部がいろんな人の興味を惹いていることが伝わってくる。みんなの憧れ――それが白鳥沢学園バレーボール部。そして、もう1つ伝わって来ること。それは――。

「若くーん!」
「牛島くん〜!」

 こういう黄色い声援が牛島くんは特に多いということ。バレーをしてる牛島くん達に接する機会を持ってこなかったから、こういう声も多いんだろうな、くらいの想像しか出来ていなかった。だけど、これは想像以上だ。……まぁ、そりゃそうだよね。強豪校の主将で、あれだけ堂々としてて、文句なしに強いんだもん。人気がないわけがない。牛島くんの人気ぶりに凄いなぁという感心の感情と、少しモヤっと曇る感情が湧き上ってきてしまう。後者の感情には触れず、目の前の試合に集中する。

「牛島さん!」

 10番のユニフォームを着たベージュ色の髪色の子が牛島くんの名前を呼び、ボールを上げる。その呼びかけに応えるように牛島くんが助走をつけて跳ぶ。

―綺麗

 牛島くんの跳ぶ姿は何回見てもそう思う。跳んでる時の時間なんてほんの一瞬のはずなのに、牛島くんはそこに止まってるんじゃないかと思う。多分それは、普段から姿勢良く過ごしてるからこそ出来ることなんだと思う。凄いなぁ。覚さんも、山形くんも瀬見さんも大平さんも。みんな凄い。食堂で話す時とは全然違う。真剣にボールを見つめて追って繋ぐ姿に、感動すら覚える。でも、私の目はやっぱり牛島くんを追ってしまう。
 前に、牛島くんをテレビで見た時に“左利きを武器として戦う姿が格好良い”と思った。そして、3年生になって牛島くんと話すようになってから、普段の牛島くんのことも好きになった。そして、今日。初めて肉眼でプレーをしている牛島くんを見て、改めて牛島くんのことを格好良いと思ったし、好きだと思った。多分、私はこれから何度でも牛島くんに惚れてゆくのだろう。

 そのまま試合は白鳥沢学園が勝ち、試合終了のホイッスルが鳴る。

「若くーん!」
「やっぱ、牛島くんってやばいよね!」
「帰り、差し入れ渡すよね?」

 女子のキラキラとした声がホイッスルと同時に散らばりだす。……私はとんでもない人を好きになってしまったなぁ。こんなに人気があるだなんて、牛島くんはやっぱり凄い。多分、前までの私だったらこんなに凄い人を好きになる資格なんてないと諦めていたと思う。だけど、みんなのおかげで変われた今は違う。牛島くんを好きな気持ちには、自信を持っていたい。だから、その為には牛島くんに負けないくらい、自分も自分のことで精一杯努力する。そう思える勇気をくれたのは、コートに居るみんなだ。みんなには感謝してもしきれないくらいの気持ちでいっぱい。

「あっ! なまえちゃーん! 若利くん、なまえちゃん来てくれてるよ!」

 覚さんが私を見つけ手を振ってくれる。その声に手を振り返していると、覚さんに呼ばれた牛島くんも私へと視線を向ける。

「牛島くん! 格好良かったよ! すっごく! みんなも、凄かった!」

 自分の気持ちをこんなに大きな声で叫ぶのは初めてかもしれない。周りに沢山の人が居る中で叫ぶのは少し怖いけど、それでも自分の気持ちをきちんと伝えたい。その気持ちが恥ずかしいよりも上だから。

「誘ってくれて、ありがとう!」

 そう叫ぶ私に、みんなが笑って応えてくれる。本当に、ありがとう。

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