静かに抱える爆弾


「みょうじ、今日の昼食は弁当か?」
「うん。確か今日はハンバーグを入れたって言ってたから、楽しみなんだ」
「……そうか」

 牛島くんはお昼休みになると私のご飯について尋ねてくる。大抵親の作ってくれた弁当を持って来ているから、ほぼ毎日同じ答えになる。そして牛島くんは私の答えにいつも少し残念そうな表情を浮かべる。その顔の真意は掴めないけれど、牛島くんが私のことを気にかけてくれている気がして、心がぽかぽかと温まってゆく。

「若利、メシ行こうぜ」
「あぁ」

 山形くんの誘いにもう1度私へと視線を向けてから席を立つ牛島くん。そんな牛島くんを「行ってらっしゃい」と送り出し、教室で弁当を広げる。「いただきます」と手を合わせ広げた弁当の中には聞いていた通りハンバーグが入っていて、人知れず口角が緩む。……うん、やっぱり美味しい。誰か――牛島くんに感想を話したくなるけど、牛島くんは今食堂でバレー部のみんなと楽しいひと時を過ごしている。
 本当はずっと隣に居て、牛島くんとお喋りしたい。だけど、それはさすがに私の我が儘だ。牛島くんにはバレーを通して出来たかけがえのない仲間が居る。そして、その仲間と過ごせるのも今年が最後なんだと分かっているからこそ、邪魔してはいけない領域というのは心得ているつもり。
 だけど、なんでだろう。独りきりの食事なんてもう慣れてるはずなのに。なんだか寂しい。これも自分が選んできた道の1つなんだと思ったら、ほんの少しだけ後悔したくなってしまった。なんだか、最近の私は欲しがりになっている。



「ごめん、寝坊した! お昼ごめんけど食堂で済ませてくれない?」

 家を出るタイミングで起きてきた親にそう言って渡されたお金を財布に入れ、その財布を取り出したお昼。

「みょうじ、今日の昼食は弁当か?」

 牛島くんがいつものように尋ねてくる。……待ってました。今日は変化球を投げようと思います。牛島くん、どんな反応するかな。

「今日はね、お金貰ったんだ。だから、食堂でパンでも買おうかと思って」

 いつもと違うパターンで答えを返してみたら、牛島くんは静かに驚いてみせた。静かに驚く感じかぁ。牛島くんっぽい。牛島くんの反応をそっと笑っていると「……もし良かったら、食堂で一緒にご飯を食べないか」と返され今度は私が驚く番。

「でも、牛島くんいつもバレー部のみんなと「若利くーん! ごはん行こう〜!」

 私の言葉を上書きするように現れた覚さんが、私に気付くなり「なまえちゃん! 久しぶりだねぇ! ご飯もう食べた?」と元気いっぱいに話を振ってくれる。なんともタイムリーな質問だ。

「あ、その……。普段は弁当なんですけど、今日はパンでも食べようかなって思ってたら牛島くんが誘ってくれて。でも、覚さん達と食べる約束してるんですよね? だったらやっぱり大丈夫。牛島くん、誘ってくれてありがとね」

 危うく領域を侵しそうになったけれど、覚さんのおかげで耐えることが出来た。牛島くんと覚さんに「じゃあ」と言ってその場を離れようとしたら、「じゃあ、なまえちゃんも一緒に食べたら良いじゃん!」と覚さんが私の言葉を引き継いだ。

「でも……」

 バレー部の時間を邪魔したくないという気持ちと、牛島くんと少しでも一緒に居たいという気持ちが心の中で渦巻く。……どうしよう。覚さんの提案、正直凄く嬉しいけど……どうしたら。助けを請うように牛島くんに視線を動かすと、牛島くんはその視線を受け止め「一緒に食べよう」と返してくれる。牛島くんもこう言ってくれたし、ここはお言葉に甘えても良いんじゃないかな。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 脳内会議で出した答えを口にすると、覚さんがパァっと表情を明るくさせた後、ハッとしたような顔に切り替わる。

「良かったら、2人で食べたら?」

 何かを悟ったように提案を180度変えた覚さん。「それはみんなにも申し訳ないから! 大丈夫ですっ」と慌てて断りを入れる。本当は牛島くんと2人の方が落ち着くんだけども。さすがにみんなの時間を奪ってまでは……。その思いから必死になって提案を断ると「そぉ? なまえちゃんがそこまで言うなら。じゃ、一緒に行こっか! みんな食堂で待ってるヨ〜」と今度こそ晴れやかな顔をしてスキップする覚さん。
 覚さんって、牛島くんとは対照的にもの凄く賑やかだなぁ――なんて思っていると「俺は2人でも良かったんだが」と真っ直ぐ射抜くような瞳を牛島くんからぶつけられた。そのままスタスタと歩き出す牛島くんを数秒見つめた後、私も慌てて2人のあとを追う。……牛島くんは静かだけど、静かじゃない。特に発言が。たまに誰よりも爆弾を投下していると思う。

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