スタートダッシュ


「おはよう……って、結構寝ちゃってたね」
「あ、来馬さん。おはようございます」

 鈴鳴に住んでいる人たちは、太一くんを除いて比較的朝型人間だ。そんな人たちが日曜日といえど、昼近くに起きてきたのにはそれなりの理由がある。

「おはようございます」
「おはよう、鋼。お疲れ様」
「来馬先輩こそ。お疲れ様でした」

 私が被害に遭ったイレギュラーゲート。実は数日の間に頻発しており、その原因が小型ネイバーによるものだったらしい。ボーダー隊員は総出でその駆除に半日を費やし、さらにはそこから数日間は念の為防衛任務の隊員を増員していた。そんな激務を終えてようやく訪れた非番の日。そりゃこんな時間まで爆睡したくもなるのも頷ける。

「あ、結花ちゃんおはよう。お茶淹れるけど、要る?」
「ありがとうなまえちゃん。手伝うよ」

 一緒にキッチンに立ち、結花ちゃんに場所を教えてもらいながら急須にお湯を注ぐ。そうしてそれぞれのマグカップを手に取り、自分用として来客用の湯飲みを1つ取り出す。濃さが均一になるように1つ1つのマグカップに少量ずつお茶を淹れていれば、「今日買い物行くんだっけ」と結花ちゃんから問われた。

「うん。洋服とかはかろうじて無事だったんだけど。食器類全滅で」
「そっか……。じゃあ、一緒に行かない?」
「でも、結花ちゃんせっかくの非番だし。今日はゆっくりしてて」
「食器以外にも色々生活用品は必要でしょ? だったら大荷物になるだろうし」

 ね? と首を傾げながら見つめられると、胸の中にじんわりとしたものがこみ上げてくる。急に居候することになった私を、鈴鳴のみんなはこうして温かく迎え入れてくれる。ここに来て数日だけど、もう既に鈴鳴のみんなのことが大好きになっている。

「じゃあぼくも一緒に行こうかな」
「え、来馬さんまで。良いんですか?」
「もちろん。なまえちゃんはここの新しい家族だからね」
「来馬さん……」

 結花ちゃんと一緒にテーブルにお茶を置いていけば、「ありがとう」と言いながら湯飲みを手にする来馬さんまでもが手伝いに名乗り出てくれた。そうして続けられる“家族”という言葉。……慣れたつもりでいたけど、やっぱり私は心のどこかで寂しさを感じていたんだなとふと思う。じゃないとここでの生活や来馬さんの言葉に、こんなにも感動していないはずだから。

「じゃあオレも、一緒に行っても良いだろうか」
「もちろん! ありがたいし助かる。逆にみんなに付き合ってもらって……悪いくらい」

 すっと腰掛ける場所は結花ちゃんの隣。この数日で出来た、私の定位置。そこが当たり前のように開けられていることにもむず痒さを感じるけど、それ以上に感じる気持ちはとても心地が良い。






「この度はネイバーの被害に遭われたこと、心よりお見舞い申し上げます」
「あ、いえ。そんな」

 荒船に案内されて訪れたボーダー。通された部屋に入れば、ノックと共に現れた男性は対面するなり頭を下げてきた。それを慌てて制しつつ、差し出された名刺を受け取れば、そこには“外務・営業部長 唐沢克己”という肩書きと名前。だからこんなにも物腰が柔らかいのか、と変に納得し、それと同時に込み上げてきたのは営業の部長が面談相手? という疑問。こういうのはテレビでよく見る人が対応するものだとばかり。なぜ唐沢さんなんだ? と不思議に思っていれば、「今回の補償金についてお話をさせて頂きたいのですが」と話を切り出された。

 そうして話を進めていけば、唐沢さんは“ボーダーの金銭”を管理している人だということが分かった。本来ならば説明会などを開き、テレビに出ていた人――根付さんが対面するらしいけど、今回は被害者が私1人であることから、唐沢さんと直接話した方が良いと判断したということを、こちらの緊張をほぐす為のトークとして教えてくれた。

「私、大規模侵攻前に一緒に住んでいた祖母を病気で亡くしてまして」
「そうだったんですか」
「それからはずっと1人暮らしで。家はいつか解体しようと思ってたんです」

 だから、丁度良いって言ったらアレですけど――。笑いながら告げた言葉に、唐沢さんが「では、その費用をこちらで負担させて下さい」と提案してきた。続く説明で諸々の手続きや新しい住居の手配なども請け負うと言われ、それに頷き。そうして、私への補償の取り決めが終わったと思っていれば。

「申し訳ないみょうじさん。実は、しばらくは1人暮らし用の仮設住宅が用意出来なさそうで……」

 その日の夜、ホテルで出た電話の向こうで唐沢さんが申し訳なさそうに謝ってきた。なんでも、今空いている仮設住宅は一軒家やマンションしかないらしく、そこには優先順位的にも単独世帯以外に入居してもらっているらしい。その説明に“それはそうだ”と納得すると共に、こんなに迅速に動いてくれているんだと感動すら覚えた。

「私は大丈夫です。特に不便も感じてませんし」
「1つ、提案なんですが――」

 唐沢さんから切り出された提案。それが、比較的家の近くにある鈴鳴支部に住むことだった。





「おはぁようございます……」
「太一くんおはよう」

 目を擦りながら起きてきた太一くん。眠たそうな顔で1番最後に起きてくるのは変わらないなと思いつつ、定位置に座る太一くんを眺める。そうすれば太一くんはテーブルの雰囲気が少し違うことに気付いたのか、目をパチっと覚まし「……どこかに出掛けるんですか?」と尋ねてきた。太一くんの勘は意外と鋭いのだ。

「私の生活用品を買いに行こうかって」
「えっ! おれも行きます! 行きましょう!」
「こら太一。寝間着で行くわけ?」
「うわ、おれまだ寝間着だ! 着替えてきます! 待っててくださいよ!? 絶対ですからね!」

 腰掛けるなり、すぐさま浮かせた腰。そして舞い戻る自室。一連の慌ただしさに、この光景はいつでも変わらないものなんだなぁと学ぶ。残されたテーブルではそんな太一くんを心配そうに見つめる鈴鳴のメンバー。

「うわぁ!?」
「……えっ、何今の音!? ちょっと、太一!?」

 その心配は現実になることも全て。この鈴鳴での光景で、私の新しい1日の始まり。

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