今日から我が家


 家が壊れた。というか、壊された。

「あらぁ」

 飛び出た一言目は、場違いなほどにこんじんまりとしたもの。人間、理解出来るキャパを超すと逆に冷静になるらしい。それを今知った。続けざまに“まぁ見事に私の家目がけて”という感想が頭に浮かんだけど、これは胸にしまっておく。

「大丈夫ですか!?」
「あ、ハイ。私は全然。……でも家が」
「……こちらの家はアナタの?」
「そうです。あ、でも。私1人暮らしなので、今家には誰も居ないです」
「……そ、そうですか」

 駆け寄って来たボーダーの人は、私の言葉にホッとして良いのかどうか分からず逡巡している様子。
 人的被害は出てないけど、私の家はたった今なくなった。確かにこれは私もホッとするべきなのか、嘆くべきなのか悩む。とにかく、ぶっ飛ばされたネイバーの脚? が人にぶつからなくて良かった。それだけは確かだ。

「えっと……ひとまず、アナタのことはボーダーで保護させて下さい」
「……そうして頂けるとありがたいです」

 こうして10数年と住んできた家と別れを告げ、その日はボーダーが用意してくれたホテルへと泊まることになった。



「なるほど、話は大体分かった」

 翌日。昨日の手続きなどで少し遅れて登校をすれば、隣の席に座る荒船から声をかけられた。荒船はボーダー隊員なのもあって、昨日のあらましを説明すればすぐに理解してみせた。そして「昨日のイレギュラーゲート、鈴鳴とは聞いてたがみょうじの家近くだったんだな」と少し気遣う様子で言葉を続ける荒船。その言葉に「家近くというか、真上ね」と返せるくらいには、私も状況を把握しだしている。

「もうね、見た時スッと受け入れたよね。逆に」
「そういうもんなのか」
「他の人は分かんないけど、少なくとも私はね。にしても、まさかあんなきれいに私の家だけ壊されるとは」
「散々な目に遭ったな」

 私の声色を聞いて大丈夫だと判断した荒船が、その口角を緩め労ってくる。ただ、私としてはまだ終わってない。今から色々な手続きが私を待っている。

「あ、そうだ。荒船って今日ボーダー行く?」
「あぁ。そのつもりだ」
「じゃあ悪いんだけど、一緒に行っても良い?」
「……あー、面談か」

 荒船の言う通り。ネイバーの被害に遭った私は、損害補償の話をする為に放課後ボーダーに出向くことになっている。その道中の道案内を頼めば、荒船はまた気遣う素振りで「良いぞ」と承諾してくれた。そして続けられた「大変だな」という言葉。……そう、私は今からが大変なのだ。



「えっと、今日からしばらくの間お世話になります。みょうじなまえです」

 数日後。私の姿は鈴鳴支部にあった。私が座るソファの向こうでは、男性3人と女性1人が私を見つめている。そのうち、髪の毛が栗色の男性が「ようこそ鈴鳴支部へ。隊長の来馬辰也です」と微笑んでくるので、ペコリと会釈を返す。

「おれは別役太一です! 16歳です! ここは来馬先輩のお父さんがくれた建物で、おれたち鈴鳴第一メンバーは全員ここで生活しています! おれたちは来馬先輩以外スカウト組で、今先輩と鋼さんも県外から引っ越して来てて「ちょっと太一! 一気に話し過ぎ! なまえちゃん困ってる」

 一気にまくし立てた太一くんの言葉を、隣に居た女の子が止める。確かにとめどない情報量だったけど、おかげで鈴鳴支部がどういう所かは少し理解出来た。恐らく今さんであろう女性に叱られた太一くんが、「すみません……おれ、嬉しくってつい」としょんぼりしながら謝ってくる。それを慌てて手で制し、「ううん! おかげで全員の名前分かったよ。ありがとう」とフォローを入れれば、たちまち元気を取り戻す太一くん。……おぉ、単純ボーイ。

「上から話は聞いてる。大変だったみたいだな」
「……ははは」

 太一くんたちのやりとりを穏やかな顔つきで眺めた後、視線を私に移し声をかけてきた男性。きっと、この人が“鋼くん”だろう。私が、唯一知っている人。

「荒船がお世話になってます」
「いやいや。世話になったのはオレの方だ」
「鋼くん、荒船の話によく出てくるよ」
「……そうなのか」

 口角を上げて嬉しそうにする鋼くん。それだけで鋼くんと荒船の仲の良さが窺えるので、荒船の“俺がアイツの師匠”という言葉はあながち間違いではないのかもしれない。明日にでも“勝手に師匠面してんじゃないの?”と疑ったことを謝っておこう。

「それじゃなまえちゃん。部屋の案内するわね」
「あ、よろしくお願いします。……えっと、今、さん?」
「あ、太一のせいで自己紹介まだだった。今結花です。なまえちゃんと同い年だから、お互いタメ口で話そう」
「うん! ありがとう、結花ちゃん」

 結花ちゃんの言葉に頷き、2人で部屋へと向かう。そんな私たちに「戻って来たらみんなでご飯にしよう」と来馬さんが声をかけてくる。……ご飯、みんなで。そっか、私は今日からここでみんなと生活するのか。

 今日からここが、私の家だ。

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