月も欠けない夜だ


 次の日の朝、みんなで囲った食卓で私たちのことを報告すれば、全員がにこやかな表情で受け入れてくれた。そのことにまた1つ“夢じゃない”ってことを痛感して。そして、私たちが付き合うようになったからと言って、態度を変えることもしないでいてくれたことにありがたさを感じつつ。

「それじゃあなまえちゃん。良いお年を」
「結花ちゃんも。良いお年をお迎えください」

 大掃除も終え、後は新年を迎えるのみとなった。今日からスカウト組は実家へ戻るので、そのお見送りを互いにし合って。結花ちゃん、太一くんを見送った後来馬さんが「じゃあぼくは先に帰るね」と気遣ってくれた。

「すみません、来馬先輩」
「いやいや。しばらく会えないんだから、今のうちにたくさん話しておかないとね」

 じゃあ2人共、良いお年を――。そう告げて踵を返していく来馬さん。その後ろ姿に鋼くんと2人でお礼を告げ向かい合う。お別れといっても数日だというのに。やっぱりみんなと別れるこの瞬間は、少し名残惜しい。

「寂しい思いをさせないか、それだけが心配だな」
「大丈夫。太一くんがくれた人形もあるから」
「そうか。それなら良かった」

 寂しくない――この言葉に嘘はない。でも、「寂しくはないけど、鋼くんには早く会いたい」この気持ちだって本当だ。この気持ちを正直に打ち明けることが許されている関係というのは、やはり幸せ以外の何ものでもないなと思う。

「……オレもだ」
「……行ってらっしゃい。鋼くん」
「行ってきます」

 最後にぎゅうっと私を抱き締め、微笑む鋼くん。この熱は私への置き土産なのか、それとも、鋼くんへの土産なのか。多分、どっちもだ。



「早くないか」
「確かに」

 大晦日。荒船から連絡を受け、落ち合うことになったハンバーガーチェーン店。今年の年末年始は今までとは違い、誰かと一緒に生活をして来たうえで迎えるひとり。そこに感じる寂しさはひとしおではないだろうかという荒船の気遣いが感じ取れたので、この場の支払いは私が持った。
 そうして2人でハンバーガーに食らいつき、近況を打ち明ければさすがの荒船も“話は大体分かった”とは返してくれなかった。

「まだ2週間くらいだろ、お前らが出会って」
「だね」
「まぁ分かるけどな。鋼は良いヤツだし」

 ハンバーガーをペロリと平らげ「そういうことならクレイジーバーガーでも買ってもらうんだったな」なんて抜かす荒船。私のノロケ代はそんなに高くつきますか、荒船さんよ。

「でもあれだな。逆かもな」
「ん?」
「みょうじが良いヤツだから、2週間で鋼が好きになったのかもな」
「なっ、ちょっ……クレイジーバーガー、買ってあげようか?」
「お前、チョロ過ぎ」

 溜息を吐いて呆れる荒船に、そういう魂胆だったのかと頬を膨らませれば「まぁでも、俺の言ったこともあながち間違いじゃねぇだろ」と真面目な口調で言葉を継がれた。

「とにかく、仲間同士がくっ付くのは喜ばしいことだ」
「“仲間”ってなんか良いね」
「俺にとっては鋼もみょうじも仲間だぞ。お前ももうボーダー隊員だしな」
「……うん、そうだね。ありがと荒船」

 年末年始の防衛任務が入っているという荒船とはそこで別れ、鈴鳴支部に戻った所で来馬さんから様子伺いの電話をもらい。気が付けば辺りも暗くなっていて、今日という1年が終わろうとしていた。……全然、寂しくなかったな。

「3、2、1……はっぴーにゅーいやー」

 テレビのカウントダウンと共に、そっと呟く言葉。今まではただの流れ作業のように年を越していたけど、今年はいつもと違うから。いつもとは違って新年の言葉を口に出してみた。誰も居ないのにちょっとだけ恥ずかしくなって、「なんてね」と付け足したのは、私だけの秘密だ。新年早々出来た秘密を笑っていれば、スマホにいくつかの通知が届けられていた。
 それら1つ1つに返事をしていれば、“鋼くん”の文字が表示され、着信を知らせる。すぐさま指をスライドさせて応じれば「明けましておめでとう」と早口に差し込まれた。

「おめでとうございます」
「良かった、間に合った」
「ん?」

 ほっとした声をあげる鋼くんを不思議に思えば、「0分の間に言いたくて」という種明かし。その言葉によって秒針に目を這わせれば、ちょうど“1”を指し示していた。滑り込みセーフだったなと思いつつ、「今年もよろしく」という言葉で今度は1分の第一声を私がもらう。

「新年初会話が鋼くんだよ」
「そうか。滑り込んだ甲斐があったな」
「年明け早々話せると思わなかったから、嬉しい」
「オレも。寂しくはないが、なまえさんに会いたくて」
「そっか。……電話なら会えたも同然?」
「さすがに同然まではいかないけど。デート気分は味わえる」
「はは。じゃあこれは電話デートだ」
「そうなるな」

 電子音で届けられる鋼くんの声。それを耳元に押し当てれば、すぐ近くに鋼くんが居るような気がする。寂しくはないけど、やっぱり鋼くんに会って抱き着きたい。その気持ちをぐっと抑え「今日……じゃなくて昨日か。荒船に報告した」と会話を切り出す。

「そうか」
「そしたら、“早すぎないか”って」
「まぁ……そうかもしれなな」
「でも、“鋼のサイドエフェクトなら私が良いヤツだって学習するのも早いだろうから納得だ”って」
「ははは。アイツはいつでも理解が早い」
「ね。悔しいくらいだよ……って、あ」
「どうした?」

 ふと思い至った考え。それを鋼くんに打ち明ければ、鋼くんはそれを一笑に付した。そして「オレと交際を始めたからといって、今までの付き合いを無理にやめることはないさ」と受け入れてくれる鋼くん。

「もちろん、なまえさんが嫌だってことはしないし、オレが嫌だと感じたことはなまえさんにもきちんと伝える」
「うん、ありがとう。私もこれからはちゃんと男の子と2人で会う時は報告するね」
「ありがとう。……でも、荒船の場合は不要かもしれない」
「え、どうして」
「荒船だから」
「ははは。そっか、そうだね」

 新年早々、こんな風に笑いのネタにされてるだなんて。荒船も思ってないだろうな。

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