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「おい鋼。お前時間あんだろ。行けよ」
「でも……カゲ、何1つ終わってないだろ」

 放課後の教室。後ろの席で交わされる会話に「良かったら私、手伝うよ」と声をかければ、2人の顔が私へと向いた。影浦くんが補習を受けるのは私のせいでもあるし。その申し訳なさから名乗りをあげると、影浦くんの隣に座っていた村上くんが「でも……カゲに教えるのは並大抵のことじゃないぞ?」と心配そうな声色で言葉を返してきた。村上くんって、確かめちゃくちゃ頭良かったよね……? その村上くんが苦労するってことはよっぽど大変なことなんだろう。

「……んだよ」
「う、ううん。頑張らせて頂きます」

 そんなに? という気持ちが顔に出てしまっていたらしい。固唾を呑みつつ、「……一緒に、頑張ろう」と続ければ「じゃあ……カゲのこと、よろしく頼む」と表情を緩めながら村上くんがバトンを託してくれた。

「カゲ、みょうじさんの言うことちゃんと聞くんだぞ」
「うるせー! 俺ぁガキじゃねぇんだ。さっさと散れ!」

 村上くんのことを手で散らしながら、乱雑にペンを握りしめる影浦くん。そしてすぐさまそのペンを机に叩きつけ、「つーかアイツらどこ行きやがった!」と穂刈くんたちのことを思い出したのか、村上くんに歯を剥き怒りを露わにする。

「穂刈たちなら逃げたぞ」
「あ!? 本当ならアイツらが受けるべきだろーが!」
「仕方ないだろう。カゲが授業中に寝てたのは事実なんだから」
「……チッ。おめーもさっさと行けよ」

 先生にも村上くんにも論破され、気まずそうに頭を掻く影浦くん。その様子に村上くんと目を合わせ苦笑いを交わしたあと、「みょうじさん。穂刈たちの代わりに謝るよ」と頭を下げられた。

「ううん、大丈夫。楽しいから」
「楽しい?」
「うん。こうやってボーダーの人と仲良く出来るの、嬉しい」
「……そうか。それなら良かった」

 そう言って笑う村上くんからは小さな花が見える。村上くん、なんかすごい仏のホーラを感じるなぁ。そんな村上くんとも仲良しな影浦くん。……やっぱり、良い人なんだな。

「じゃあカゲ。また」
「おー」

 村上くんに手を振り、2人きりになった教室。少し前、ゾエに“ボーダーの友達が出来ない”と泣きついたのが嘘みたいだ。ボーダー隊員全員と話しただけじゃなく、影浦くんとはこうして2人きりで勉強を教えることになるとは。こんな展開になるなんて、思いもしなかった。

「これって全部ゾエのおかげ? それとも影浦くんのおかげ……?」
「どうした」
「どっちのおかげかなぁと思って」
「あ?」

 私がこうしてボーダー隊員と仲良くなれたのは、ゾエが影浦くんのお店に行こうと言ってくれたからなのか、影浦くんがボーダー隊員と仲良しなおかげなのか。さてどっちだろう。

「影浦くんって、意外と仲良しな人多いよね」
「意外とはなんだ、意外とは」
「あごめん。つい」
「ついも失礼だろーがよ」

 確かに、と笑ってみせると影浦くんからジト目を送られてしまった。でももう怖くない。影浦くんがどんな人かは周りの人が教えてくれたし、それに私自身でそれを体感しているから。もっと仲良くなりたいと思える。

「ね、私も“カゲ”って呼んでも良い?」
「んなもんイチイチ訊くな」
「うん、ありがとう。カゲ」
「……さっさと片付けんぞ」
「うん!」

 意気込み向かい合ったその数分後。影浦くん――カゲの壊滅的な答案用紙を前に頭を抱える私を、カゲの嘲笑う声が教室に響いた。その頃にはもう「笑い事じゃないよカゲ……」と遠慮せず言えるくらいになっていた。というかここに遠慮をしていたら絶対終わらない。お泊りコースになる。

「……頑張ろう、カゲ」
「おい。憐れむな」
「私、今度からカゲが寝てたら遠慮せず起こすから」
「……変な起こし方はやめろ」

 変な起こし方――あ、そうだ。私今日カゲの手握ったんだった。それを今更自覚すれば、途端に恥ずかしさがこみ上がってくる。私、結構とんでもないことしでかしてるな……。しかも結構長めに握りしめちゃった。

「あー! 恥ずかしがんな! 移る!」
「ご、ごめん」

 移ると言いながら頭を掻くカゲの耳は、確かに夕陽の色とは違った色に染まっている。……やっぱりカゲって、ちょっと可愛いな。怖かったり、可愛かったり。カゲは色んな感情を抱かせてくれるなぁ。

「お前のは下手っつーか……変なカンジすんだよ」
「ん?」
「何でもねー!」

 マスクをぐっと上げ、「ここ、意味不明」と問題文を指差してくる。その様子を笑い、カゲと一緒に問題文へと取り組む。そうしていれば、ある1つの答えに行き着き、それは確信へと変わる。

「私のおかげ、だよ」
「は?」
「カゲと仲良くなれたのも。何もかも。私が“仲良くなりたい”って思ったおかげだ」
「……ハッ。調子乗んじゃねぇ」
「あ痛っ」

 ピン、と弾かれた鼻先。鼻を抑え「ちょっと〜!」と抗議すれば、「仲良くしてやってる俺のおかげだ」とどや顔を決められた。……確かにそれも一理あるな。

「じゃあ、みんなのおかげだ」
「……ふん」

 そう。みんなのおかげ。
全員、シナリオライター


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