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 朝方はまだ少し寒い日もあるけど、この時期になると薄着な人もちらほらと増えてきた。少し前まで窓の外を彩っていた桜がだいぶ散ってしまったのは残念だけど、この時期の日差しが1番好きだ。

 5限目の昼下がり。先生の声と、開け放たれた窓から吹いて来る風が心地良い眠気を誘うこの時間。かくっと揺れた首を慌てて起こしてみれば、何人かの生徒が睡魔に負けているのが目に入った。……5限目、だもんねぇ。眠っている生徒に背中を押されるように、私の中に居座る睡魔がむくむくと膨れ上がってゆく。
 その睡魔に身体を預けてしまおうと気持ちが揺れた時、背中にトンと何かが当たる感覚がしてパチッと目が覚めた。

「……影浦くんは通常運転だ」

 後ろを見れば、机に突っ伏し堂々と眠っている影浦くんが居て。どうやら私の背中に当たったのは伸ばされた影浦くんの手だったらしい。
 すぅっと眠る影浦くんはまるで猫のよう。こんなに健やかに眠られては、邪魔してはいけないという気持ちすら湧いてくる。影浦くんって髪の毛はトゲトゲしてるけど、睫毛はふわっとしてるんだなぁ。ちょっと私のと交換してくれないかな。……というか影浦くんっていっつもマスクしてるけど、花粉症かな? その割にはズビズビいってる感じはしないけど。

 そこまで考えて思考を止める。……私、がっつり後ろ向いて影浦くんの寝顔見つめちゃってた。これはさすがに変態っぽいかと思い、体を前に向けようとする途中。穂刈くん水上くんたちと目が合い、半端な位置で動作を止めた。もしかして、私が影浦くんのこと見てたの見られた? そうだとしたらめちゃくちゃ恥ずかしい……。

「……ん?」

 穂刈くんたちのあまりの気配のなさに内心驚いていると、水上くんの口がパクパクと動いているのに気が付いた。そうしてまじまじと見つめてみれば、“起こして”と言っているのだと分かる。……そ、そうだよね。やっぱり起こした方が良いよね。このままだと成績がやばくなりそうだし。

 同じボーダー隊員として、影浦くんのことを心配しているんだなぁと感心しつつ水上くんの言葉通り影浦くんの肩をトントンと叩いてみる。……んー、これは起きなさそうだ。

「ん、」
「……ふっ、ほんとに猫みたい」

 枕にしている右腕に顔を摺り寄せ、爆睡の寝息を吐く影浦くん。さて、どうやって起こそうか。影浦くんの顔を見つめていれば、私の肩目がけて丸まった紙切れが飛んできた。それを拾い上げて広げてみれば“手、握ってみて。そしたら起きるで”というとんでもない指示で。慌てて2人を見つめれば、“みょうじさんなら出来る”と水上くんに口パクで言われ、穂刈くんからは親指を立てられた。一体私は穂刈くんたちの信頼をどこで勝ち取ったんだろうか。……まぁ、でも。影浦くんの為にも頑張れ、私。

「失礼します……」

 自分の左手をそっと差し出し、影浦くんの右手を握る。……影浦くんの手、カサカサしてて温かい。握った手が普段自分が触っている自分のものとは全然違うから、思わず手に力がこもってしまった。影浦くんの手は握れば握るほど骨張っているのが分かる。

「……は?」
「あ、」
「……ハァ!?」
「うわぁ!?」

 手を握ること数秒。水上くんの言葉通り、影浦くんの目はパッチリと開かれた。開かれた――というより、見開かれたという言葉の方がピッタリなくらい。そうして思い切り開かれた目が捉えたのは、私の手に握られた自分自身の右手。呆けた声が零れたと思った次の瞬間、叫び声と共にガタッと大きな音を立てながら影浦くんの椅子が後ろに倒れた。

 そこまで見逃してくれていた先生も、さすがに飛び起きた影浦くんのことは見逃せなかったのか、「みょうじ、影浦。お前ら今日補習な〜」と間延びした声をかけてきた。

「補習ぅ!? 俺なんもしてねぇぞ!」
「だからだろうが」

 先生に論破され、頭をガシガシと掻きながら椅子に座り直す影浦くん。そうしてゆるりと捕らえるのは私の視線。……で、ですよね。逃げられるわけもないと観念してみせれば、珍しく影浦くんの視線がパッと逸れた。

 再び机に突っ伏し、「アイツら後でボコる」と言いながら握りつぶされたのは先程水上くんが投げて来た紙切れ。影浦くんは紙切れを握りしめた手から中指を突き立て、穂刈くんたちへ宣戦布告をしている。ちらっと視線を穂刈くんたちに這わせれば、水上くんはサイレント爆笑しているし穂刈くんは合掌していた。
 これは“面白いものを見せてくれてありがとう”なのか“ごめんね”なのか。水上くんを見る限り、きっと前者だ。……というか、これ、私もボコられる? 私も加担したわけだし。……補習、受けさせることになっちゃったし。

「ごめんね、影浦くん」
「……みょうじも、災難だったな」

 小さく詫びを入れれば、影浦くんは怒りはせず慰めの言葉をくれる。確かに私も補習受けることになっちゃったけど。影浦くんの手がゴツゴツしてることが知れたし、それに。さっきの驚いた顔、ちょっと可愛かったから。災難なことばかりじゃないって思ってる。……なんて言ったら、きっと影浦くんは今度こそ怒るだろうから、これは秘密にしておこう。
繋がれた一瞬に交わる熱


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