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 ゾエに教えてもらった住所を頼りに街中を歩き、“お好み焼 かげうら”の看板を見つけ立ち止まる。そうして立ち止まっている間にも数人の客がのれんを潜っていくので、きっとこのお店は美味しいのだろう。

―なまえちゃん、先に入ってるよ〜

 ゾエから届いたメッセージを見て、客の波に紛れるようにのれんを潜れば、ほとんどのテーブルが埋め尽くされていた。その中の1席に見知った顔があるはずだと視線を漂わせれば、大きめの図体とモサモサの髪の毛のセットが目に映る。

「お待たせ」
「おっ来たね来たね〜!」

 案内に来てくれた従業員さんに断りを入れてから駆け寄ったテーブル。そこに声をかければ、ゾエが明るい声と共に座るようにと促してくれた……のは良いけど。「ささ、座って座って」と示す手は、影浦くんの隣。これは影浦くんの隣に座れという指示なのだろうか。

「失礼します……」

 ここで固まるのも申し訳ないと思い素直に従えば、影浦くんも奥へと座り直して席を空けてくれた。その動作にぺこっとお辞儀をした後、店内へと視線を這わす。至る所で具材を焼く音や鉄板に当たる金属音、じゅうっとソースの焦がれる匂いがして思わず目を閉じる。このお店の醍醐味は匂いだなと思いつつ鼻から空気を吸っていれば、「なまえちゃん。食べる前にお腹いっぱいになりそうだね」とゾエの笑う声がしてパッと目を開く。

「あはは、確かに。大事なのは味もだよね」

 匂いも大事だけど、もっと大事なのはお好み焼きの味だ。ゾエの指摘に少し照れ臭くなって笑っていれば、じぃっと隣から熱視線のようなものを感じた。その先に居るのは影浦くんただ1人。なので、私の視線と影浦くんの視線はバッチリと絡み合うわけで。そうして見つめ合うこと数秒。影浦くんはふいっと視線を逸らし、「好きなもん頼め」とテーブルの間に放つ。

「ゾエさん今日は豚そば焼きにしよっかな〜」
「じゃあ私は……かげうら焼き、にしようかな」

 メニュー表にはたくさんの種類が並んでいて、見れば見る程悩みそうになったので“定番メニュー”と書かれたかげうら焼きを頼むことにした。そうして運ばれて来た具材をゾエと影浦くんは慣れた手つきでかき混ぜ始める。……おぉ、さすが息子。慣れた手つきだ。なんて感心していると、影浦くんの手がぴたりと止まった。

「……貸せ」
「え?」
「混ぜ方にもコツがあんだよ。混ぜてやる」
「あ、ありがとう」

 掌に両手でボウルを乗せれば、影浦くんはそれを鷲掴みしたあと同じような手つきでかき混ぜる。やっぱり凄いなぁ、なんて見つめていれば「うぜぇ。んな大層なもんでもねぇだろ」と吐き捨てられてしまった。……どうやら見過ぎてしまったようだ。影浦くんとの距離感を見定めるのには、もう少しだけ時間がかかりそうだな。

「カゲ、ゾエさんのもやってよ」
「あ? てめーの分はてめーでやれ」
「ちょ、ひどくな〜い?」

 扱いの差と言いながらゾエと私の間で指を行き来させるゾエ。その反論の声に「良いからさっさと焼け!」と声を荒げる影浦くん。その声色はさっき私に向けて放った言葉と同じだったので、不機嫌なわけではないということを知る。きっと影浦くんは口が悪いだけで、根は良い人なんだろうな。

「ほっ、」
「おぉ〜、さすが常連! ひっくり返すの上手だね」
「でしょでしょ? じゃあ次はなまえちゃんの番」

 バトンを受け取ったような気分でヘラを両手に構え、生地と対面する。この瞬間って、何度やっても緊張するのは何故だろう。ふぅ、っと息を吐きぐっとヘラを差し込む。そうしてちらっと視線を彷徨わせれば、影浦くんと目が合った。

「……大丈夫だから。やってみろよ」
「うん……!」

 緊張が顔に走っていたのか、影浦くんは少し笑ってそう励ましてくれた。その言葉に勢い付き、手首をぐっと捻る。そうして宙で1回転した生地は、お世辞にも綺麗な着地とは言い難く。反対側に座るゾエの「あらら〜」という声に肩を竦めてみせれば、「みょうじはなんもかんも下手くそだな」と笑う声と共に片手のヘラが奪い取られた。

「あ、りがとう」
「食え。うちのは失敗してもうめぇから」
「うん! ありがとう」

 私の失敗をそれなりの形にまで整えた後、自分の生地をぱっとひっくり返してみせる影浦くん。流れるような所作に、思わず「おぉ〜! さすがだ」と感動すれば、「良いからさっさと食え!」と噛みつかれてしまった。……影浦くん、もしかして照れてる?

「うぜぇ!」
「あはは、ごめんごめん。いただきます!」

 やっぱり。あの時の影浦くんもきっと、照れていたんだろう。影浦くんは見た目が怖いけど、中身は可愛らしい部分もあるんだ。……影浦くんのこと、1つ知れた気がして嬉しい。
君は優しい匂いがするね


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