▼ ▼ ▼

■9話裏話

「おっ。今週の日曜、ウチと鈴鳴非番被ってる」

 北添の声に村上が「本当だ」と言葉を返す。普段から非番が被ることはあるので、北添の言葉は決して珍しいものではない。そのまま広がりを見せることもなく流れてゆくのだろうと、影浦は特に反応を示すこともしなかった。

「じゃあどっか遊び行かない?」
「あぁ、良いな」

 とはいえ、影浦が反応せずともこうして広がりを見ることもある。こういう場合、影浦だけを除いて2人で会うということも中々ない。そのことを影浦は知っているので、「どこにする」と素直に続きを促せば「んー、なんか色んなスポーツが出来る所とか。どう?」と北添が前に進めてみせた。

「勝負するなら、4人の方が良くないか」
「あー、チーム戦とか?」

 今ここに居るのは影浦・北添・村上の3人である。確かに、チーム戦をするのならばもう1人欲しい。さて、その1人は誰に白羽の矢を立てるか――。3人の中で色んな人物の顔が回る。

「なまえちゃんは?」
「みょうじさん?」

 北添が出した人物名は影浦と村上のルーレットには存在しなかった。何せ相手はボーダー隊員でもないし、ましてや女性だ。男ばかりの集まりに来たいと思うのだろうか。影浦はそう逡巡したが、村上はさして迷うこともなく「良いんじゃないか。最近カゲとも仲良いし」と何故か“影浦と仲が良いから”という理由で許諾してみせた。

「カゲは? なまえちゃん誘うの反対?」
「……別に。ただ、来ねぇだろ」
「えっそうかな〜? とにかく、誘ってみようよ」

 北添がスマホに文字を打ち込もうとした時、「お疲れさーん」と防衛任務終わりの水上が顔を覗かせた。そして「何々。なんの話してんの?」と話題を尋ねるので、過程を話せば「うわ、それ俺も行きたかったわ」と水上は眉を下げる。

「てかみょうじさん誘うんや。めっちゃおもろそうやな」
「……うぜぇ」

 水上が現れたことで一気に空気が茶化されたものになる。どうして水上が“面白そう”と言うのか、その理由を察する影浦が舌打ちを鳴らしてみせるも水上には届かず。それどころか、「どうせ誘うんやったらカゲが誘ったがええやろ」とわけの分からない“どうせ”を付け加え、話をややこしくしてみせた。

「はぁ? なんで俺が」
「あー、じゃあお願いしようかな」
「いやだから、」

 お願い、と両手を合わせられるとそれ以上の否定も出来ず。舌打ちと共に視線を逸らせば、周囲の人間はそれを勝手に了承と捉え影浦のスマホにみょうじの連絡先を送り付けた。

「……なんて打てばいーんだ」
「そらまずは“急なご連絡をお許しください。私、影浦雅人と申します”やろ」
「オイ」

 水上の流れるような言葉に制止をかければ、「おーこわ」と両手を挙げてみせる。それを目線で咎めつつ、もう1度スマホに向き合い“今週の日曜ヒマか”と打って素早く送信ボタンを押した。なんと打てば良いのか――なんて、普通は悩まないだろう。そんな思いで打ったメッセージのはずなのに、何故か影浦の心臓はいつもより早鐘を打った。

「あ、返事来た。暇だそうだ。良かったな、カゲ」
「別に」

 村上の言葉に素っ気なく返事をし、なんでもないかのように“ゾエと鋼と遊び行くことになった。みょうじもどうだ”と続ける。誰かを遊びに誘う――たったそれだけなのに、皆の視線はスマホへと釘付け。影浦はそれを鬱陶しく思いつつも、自身の視線もスマホへと向け続けた。

「おっ! 行く! って、凄いやんかカゲ!」
「だから! なんで俺に言うんだよ!」

 みょうじから来る返事に逐一肩を叩かれ、その度に影浦はその手を跳ねのけた。もうこれ以上この場に晒されるのはごめんだと思い、“詳しいことは明日”と送り付けスマホの電源を切る。

「帰る」
「えー、今ので終わり? せっかくみょうじさんと交わす愛のメッセージやのに」
「うるっせぇ!!」

 歩き出した影浦の背中に突き刺さる仲間の感情。それに中指を立てながら反抗すれば、それ以上の追撃が来ることはなかった。

「にしても。カゲはほんまメッセージ淡泊よな」
「スタンプくらいは送ってた方が良かったかもね〜」

 遠くなったところで聞こえる談笑。それを耳の端に入れた影浦は作戦室に戻るなりもう1度みょうじとのメッセージ画面を開いてみた。

「……いや、やめた」

 一瞬だけ考えたが、親指を突き立てたアンテナを頭の中央に張るネコのスタンプを送るのをやめる。……スタンプを送らずともみょうじなら大丈夫だろう。そう判断し、再びスマホの電源を切る。次の日曜日まであと何日か。カレンダーを見つめ日数計算をしていることに気付き、影浦はハッとする。

「ガキか、俺は」

 そう嘲笑してみるが、早まる鼓動が緩まることはなかった。
眠れぬ夜すら待ち遠しい


- ナノ -