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 私の通う三門市立第一高校には、ボーダーに所属している子がたくさん居る。その最後の年で、私は3年C組に振り分けられた。最後の年だし、せっかくならこのクラスに居るボーダーの人たちとも仲良くなれたら良いなぁ――なんて願いも空しく、既に1週間の時が経ってしまった。

「なまえちゃん、やっほ〜」
「ゾエェ〜……!」

 やっほ〜と間延びした声と共に手を上げ、近付いて来た男の子。その姿を見るなり悲鳴に近い声をあげれば、ゾエは「うわぁ、どうしたの」と驚きの声をあげながら様子を窺ってきた。

「ともだちが出来ない……」
「えぇ? なまえちゃん、友達たくさん居るじゃん」
「ボーダーの、友達」
「あぁ、そういうこと」

 補足した言葉によって私の言いたいことを理解した後、「なまえちゃんなら大丈夫だよ」と何故か自信満々に言い切るゾエ。その様子にハテナを浮かべれば、「だってゾエさんとは友達でしょ?」と微笑まれた。

「確かにそうだけども」
「それに、ボーダーの人はみんな良い人たちだから。大丈夫だよ」
「確かにそうだ」

 ゾエの言葉に今度こそ言い切りの形にして言葉を返せば、ゾエはまた嬉しそうに笑う。

「確かに倫ちゃんとか摩子ちゃんとか、良い子だね」
「でしょ? だからC組の人たちともすぐに打ち解けられるって」
「だと良いなぁ」

 ゾエに励まされ、少しは前向きになったとはいえ。このクラスに在籍しているボーダー隊員とは、過去2年で1度もクラスが被ったことがない。それに、女子が居ないのでどう話かければ良いかもイマイチ分からずどうしようと悩んでいれば、1週目が終わってしまった。

「それで早速ゾエさんボーダーの子に用事があるんだけど。カゲの席どこ?」
「影浦くん……実は、私の後ろなんですよねぇ。今はちょっとどっか行ってるみたいだけど」
「あら、そうなんだ。なまえちゃんのクラスは席替えすぐしたんだね」
「そう。もう3年生だし、ある程度顔と名前も一致するだろうからって」

 なるほど、と呟きながらゾエは影浦くんの席に腰掛け、「窓際の席だと、寝ちゃいそうだよね」と窓の外を見上げ目を細めてみせる。ゾエ自身のことを言ったのかもしれないけれど、もしかしたらその言葉の後ろに“カゲなら”という続きが潜んでいたのかもしれない。もしそうだとしたら、それはものの見事に当たっている。影浦くんは私が心配になるくらい授業のほとんどを寝て過ごしているから。……さすがはチームメイト、影浦くんのことはお見通しってことか。ちょっぴり羨ましい。

「おいゾエ。おめー何勝手に人の席座ってんだよ」
「あ、カゲ。どこ行ってたの?」
「別にどこでも良いだろうが」

 ゾエと2人して日向ぼっこをしていれば、後ろから棘のある声が刺さった。ばっと体を捩れば、席の主が仁王立ちしてゾエを見つめていた。パックジュースを鷲掴みにしているので、きっと自販機に行っていたのだろう。

「これ、昨日のお好み焼き代」
「んなことの為にわざわざ来んな」
「いやいや。大事だよ、お金は」
「……ふん」

 会話を聞く限り、ゾエが影浦くんにご飯代を立て替えてもらっていたようだ。早めに返済しようと教室にまでやって来る辺り、ゾエの人柄が出ているなぁと感心していれば、影浦くんの視線が私を捕らえた。……うわ、目合うの、あの日以来だ。

「……なんだ」
「えっ、あ、いやその……」

 なんだ、と訊かれると何もなくて。ただ流れでこの場に居合わせただけだったので、返事に困ってしまえば「カゲの実家、お好み焼き屋さんなんだ」とゾエが助け舟を出してくれた。……あぁ、ゾエのこういう所が大好きだ。

「そうなんだ……! 知らなかった」
「すっごく美味しいんだよ」
「へぇ!」

 こっから話題が盛り上がると嬉しい――そんな期待を込めてもう1度影浦くんを見つめれば、先ほどよりも長めに視線が交わる。影浦くんは何を言うでもなく、ただじっと私を見つめるだけ。そのことにほんの少し怯めば、「お前、ほんと下手くそだな」と唐突な言葉を放たれた。

「へ、下手くそ……?」
「あ、そうだなまえちゃん。今度一緒にカゲのお店行く?」
「えっ、い、良いの?」

 影浦くんの言葉に動揺する私の傍ら、何故かにこにこと笑うゾエが再び話題を切り出す。その提案にもほんの少し動揺を残しながら尋ね返せば、影浦くんも「……来たいなら来い」と頷きを返してくれた。

「……うん! ありがとう、影浦くん」
「ふふ。ね、なまえちゃん。大丈夫でしょ?」

 ゾエの言葉に今度こそ首を大きく振れば、影浦くんは首を横に傾げてみせる。その様子を2人で笑えば「笑ってんじゃねぇ! つーかおめーいい加減そこどけ」とゾエの足を突っつく影浦くん。……良かった。影浦くんとは仲良くなれそうだ。
なんてことはない日の出


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