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「お嬢さん」

 水曜日。夜の部のランク戦を観戦し終えたその足で訪れたロビー。最近は3田ズにほぼ勝ち越せるようになったし、今日も頑張ろうと意気込んでいると後ろから唐突に声をかけられた。

「私、ですか?」
「新入りちゃん?」
「はい、まぁ」
「名前、なんて言うん?」
「みょうじなまえです。あのもしかして……生駒さんですか?」

 ゴーグルを付けてないから一瞬分からなかったけど、何度かログで見たことがある。水上くんが所属してる隊の隊長で、カメラ目線の人。“なんでずっとカメラ目線なんだろう?”って思ったからよく覚えている。

「えっ、なんで俺のこと知ってるん? もしかして俺のこと、」
「イコさーん。みょうじさん引いてますよ」
「運命の赤い糸を?」
「あの、ほんまにやめといたがええですよ。みょうじさん、女帝ですし」
「じょてい……?」

 生駒さんの暴走を止めに入ってくれた水上くんに、お礼を言うより先に睨みを送る。……女帝って言ってるの、水上くんだけだよ。ジト目を送り続けていると「女帝の睨み……」と生駒さんが呟き、視界に入ってくる。生駒さんって、誰かの視界に入りたくて堪らないのだろうか。

「生駒さん、私に何かご用でした?」
「迷子なんかな思うて」
「……迷子だったらここに来れてないです」
「あ、」

 盲点やったと呟く生駒さんに「なんでやねん」と水上くんがツッコミを入れ、1つの漫才が終わる。その様子に苦笑していると「そういえばみょうじさん、今ポイントどんくらいなん?」と水上くんが尋ねてくるから、手の甲に載ったポイントを見つめてみる。

「今2,000ちょっとくらい」
「へぇ。結構ハイペースやん」
「カゲに鍛えられてますので」

 あと2,000ポイント得るのは遠い道のりだけど、着実に強くなれている。今日もランク戦に精を出すぞと気合を入れれば、「みょうじさん健気やなぁ」とにやにやと笑う声。

「ん? どういう意味?」
「強くなって、認めてもらいたんよな? カゲに」
「そ、うですけど? 何か?」
「あれか? 因縁の対決的なやつか?」

 少しずれた予測を立てる生駒さんに脱力していると、ポケットの中でスマホが震えた。届いたメッセージを見れば、“今どこだ”というカゲからのメッセージ。影浦隊は今日ランク戦に参戦していたから、特訓は出来ないだろうと思ってたけど。届いたメッセージに嬉しさを滲ませ“ロビーに居るよ”と返せば返事はぱたりと止まる。多分あと数分もすればカゲがここに来るのだろう。

「なぁ。カゲって人の指導とか出来んの?」
「指導っていうより、“体で覚えろ!”的な」
「あー。せやろな」
「それにサイドエフェクトがあるから、理論的なことを教えるのは厳しいみたい」
「……それ、みょうじさんも厳しない?」

 水上くんの言っていることは理解出来る。サイドエフェクトを持っていない私が、カゲのように攻撃が来るのを予感することは出来ない。だからどうやって攻撃を躱したり、防いだりするかは本当に実践で学ぶしかない。

「それなら普通に独学でええんちゃうの? それかもっと別の人に習うとか」
「……うーん、それは、」

 カゲが好きだから――っていうのももちろんあるけど。私は、教わるならカゲからが良い。そこには“好き”という感情以外の気持ちもあるような気がするけど、どう言葉に表せば良いのだろうと言い淀んでいると、「みょうじ」と名前を呼ばれた。その声の持ち主がずかずかと近付いて来たかと思えば「行くぞ」と私の腕を掴む。

「あ、ちょ」
「登場してから退場するまでが早過ぎひん? 俺の旋空弧月並やん」
「恥ずかしがり屋なんですよ、カゲは」

 遠のく声が冷やかしの声で、その言葉を言ったであろう水上くんを再び睨みつければ「怖い怖い」と降参ポーズを向けてきた。……水上くんのその度胸、今はちょっぴり腹立たしい。



「今日は晴れてるね」

 特訓を終え、カゲに送ってもらう帰り道。三門市の星空は結構自慢出来るんじゃないかってくらい綺麗だ。最近は見る機会が減ってしまっていた夜空を堪能した後、「村上くん、元気になってて良かった」と呟く。
 一昨日とはどうなることかと思ったけど、昨日登校して来た村上くんは晴れ渡った顔つきだったから、胸を撫でおろしたのを覚えている。今日は夜勤があるといって学校を早退したけど、その時もハツラツとしていたのできっともう大丈夫だろう。

「本当にカゲの言う通りになったね」
「別に、誰だって分かることだろーが」
「うんうん、そうだね」

 これくらいの棘はもう棘と呼ばない。カゲの照れ隠しを受け止め、再び夜空へと視線を飛ばす。空を見て零れ出るのはあの日の帰り道に口ずさんだメロディー。あの日もうまく歌えなかったけど、今日も歌詞がうまく出てこない。

「あ、今日も挑戦しよ」
「いい加減諦めろ」
「だって全種類出ないんだもん」

 思い出せない部分は適当に創作し、無理矢理終わらせた所で駄菓子屋さんの前に到着。その場に足を止めて、財布から小銭を出しそれを1つの機械に吸い込ませるのは何度目のことか。

「おっ、やっと3種類め!」
「やっとかよ」
「あと2種類。頑張ろ!」
「あと3種類じゃね?」
「あー……シークレット……」
「まだ出てねぇのかよ」

 頭を抱えれば、それを見たカゲが嘲笑う。……まったく、他人事だと思って……。でも、この長い道のりも1つ1つが忘れられない思い出になっているから、嫌なんかじゃない。だからカゲ、コンプリートするまで一緒に付き合ってね。
オリジナルテーマソング


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