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 線路の上を走る電車は、絶妙な振動を体に伝え、それが心地良い眠りへと誘ってくる。ロングシートの向こう側に座っているゾエとヒカリちゃんとユズルくんは、3人仲良くもたれ掛かって爆睡中。3人も今日を全力で楽しんだことが伝わるから、その様子を眺め口角を緩やかにあげる。

「ふふっ、」
「どうしたみょうじさん」
「コーヒー飲んだ時のゾエ、思い出しちゃって」
「あぁ。オーダー思いっきり無視だったもんな」

 カゲと買い物を終えて戻った時、「おぉ! カゲがちゃんと買い物してくるなんて! ゾエさん感激!」と目を潤ませながらカップを受け取り、口にした瞬間「わぁっ? これ、苦いよ〜?」と前かがみになったゾエ。それを見て爆笑するカゲは「うるせぇ。俺をパシるからだ」となんともまぁ悪い子供の顔をしていた。

 何1つまともなお遣いをしなかったカゲをみんなで責めながらも、気が付けば談笑に変わり今日1日の試合を讃え合って。最後の締めとして撮ったプリクラは、全員の財布の中に仕舞われることになった。

「あ、」

 村上くんが短い声を発した後、席を移動しゾエの隣に腰掛ける。自分の体で倒れかかったゾエを支える村上くんは、3人を見つめて穏やかに笑う。……この風景、写真に撮っても良いかな。疲れた時に見返して癒されたい。

「……?」

 クスクスと笑っていると、村上くんが座っていた場所に1人の男性が腰掛けた。ちらりと周囲に視線を這わしてみても、座席はちらほらと空いている。……どこに座ってもその人の勝手だから良いんだけど、なんか……やけに近いような? 心なしか距離を詰められているような気がして、思わず体がのけぞる。のけぞった先に居るのは、目を閉じ切ったカゲ。
 カゲにほんのりと困惑の感情を飛ばすと、カゲの目がパチッと開いた。一瞬目が合った後、カゲがすっと立ち上がり私たちの前に立つ。つり革を両手で持ち、体を前のめりにして捕らえる先は私の隣に座る男の顔。
 その男がそそくさと別の車両へと逃げて行ったのを確認した後、「起こしてごめん」と詫びれば「あっちに座んぞ」と謝罪を無視したカゲに腕を掴まれた。

 カゲに誘導されるような形でヒカリちゃんの隣に座ると、その隣にカゲがどかっと腰掛ける。これなら両サイドが埋まってるし、もう安心だ。カゲをちらっと見上げてみると「なんだ」と不愛想な眼差しを返される。……でも、今こうして目が合うってことはカゲはもう眠るつもりがないってこと。それはきっと眠れなくなったとかじゃなく、私の為だっていうことは、もう分かってしまうから。

「ありがとう、カゲ」
「……別に」

 お礼を告げると、今度はきちんと返事をしてくれるカゲに思わず口角が緩む。……なんか、カゲが傍に居たら大丈夫っていう安心感がもの凄い。

「着いたら起こす」
「うん……ありがとう」

 だから、たまには私が居眠りしても良い?



「わーすっかり暗くなっちゃったね」

 駅に着く頃、空には星が煌々と散らばっていた。ゾエがユズルくんとヒカリちゃんを送り届けると言い、村上くんはボーダーに寄ってから帰ると言うのでその場で別れ。その場に2人きりになった私とカゲ。

「帰るぞ」
「よろしくお願いします」

 カゲの歩みはあの日と同じように、私の家へと向いている。ここに遠慮をした所で無駄であることは既に教えてもらっているので、素直にカゲに従いその隣を歩く。みんなと遊ぶ時とはまた違った楽しさがカゲの隣にはあるんだよなぁと思いつつ、浮ついた気持ちと共に空を眺めていれば「……たまには俺のクソ能力も役に立つだろ」とカゲが呟いた。

「サイドエフェクトがっていうより、カゲが居て良かったって思ったよ」
「……は?」
「だって、“助けて”って感情を受けとったとしても、カゲは無視することだって出来るわけで。でも、カゲはそれをしなかった。……だから、カゲのサイドエフェクトを持ってるのがカゲで良かったって思ったよ」
「……そうか」
「だから、ありがとね。カゲ」
「……おー」

 お、珍しい。カゲがまともに礼を受け取るなんて。今日は特別な出来事ばかり起こる日だなぁ。思わず鼻歌を零せば、カゲは「上機嫌だな」と鼻で笑う。その声に口角を上げて気持ちを返し、続きを口ずさむ。

「あれ。これの続き、なんだったっけ?」
「知らね」
「あ、カゲ」
「あ?」
「……んーん。なんでもない! 行こ」
「……? おー」

 カゲが歩く道、本当はちょっと遠回りになっちゃうけど。本当はこの道を曲がった方が近いのだと呼び止めようとして、すぐにそれを誤魔化す。……だって、もうちょっとだけ“特別な出来事”を重ねたいと思ったから。

「あ、思い出した!」
「……そんなだったか?」
「えー。知らないんじゃなかったの?」

 学校から帰る時に使うこの通学路が、カゲと歩くだけで違った道に思える。それが、前回とは違って夜道となればこれまた特別なものに感じられるから。私はどうしても零れる気持ちを口ずさまずにはいられない。

「じゃあカゲが歌ってみてよ」
「誰が歌うかよ」
「良いじゃんちょっとくらい。カゲのケチ」
「お前、“奢ってもらってばっか”って言ってなかったか?」
「そ、それとこれとは別でしょ!」

 君と歩くこの時間が、もう少しだけ長く続きますように。
すこしのズルは許してね


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