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good-girl and good-boy

 やっぱりワクチン接種には行けなかった。最後のワクチンだったんだけどなぁ――なんて思いながら鼻を啜れば、ぐじゅっとした感覚が鼻腔に走る。熱、やっぱり出ちゃったな。

 気怠さを抱え横たわる布団。数日前と違い額には冷却シートを貼って、枕元に水と薬を置いている。……体調管理はちゃんとしてたはずなのに、情けないなぁと少し気弱になってしまう。

「なまえさーん」
「……拓海くん、ごめんね。病院代わってもらっちゃって」
「全然! 今日はバイトもなかったし!」

 ドアを開け拓海くんと対面すると、拓海くんから「体調、どうですか?」と心配そうに尋ねられた。さっきウメちゃんに作ってもらったおかゆを食べた所だと告げれば「じゃあ後は安静にして眠るだけっスね!」と笑う拓海くん。その通りだと笑い返せば「あ。そうだコレ!」と大きめの袋を差し出された。

「コレは?」
「大事にされてるなぁ、なまえさん」
「えっ?」

 渡された袋の中には冷却シートやらスポーツドリンクやらのど飴やら果てには梅干しが入っていて、目を白黒させれば「このメモも預かりました」と言って“お大事に!!”と書かれた紙が手元にやって来る。

「えっ昼神先生がコレを?」
「仕事中で買いに行けないから、代理で俺が買いに行ったけど。だからチョイスは俺っス」
「あ、ありがとう、」
「先生、めっちゃ心配そうだったよ」
「そ、うなんだ」

 先生の気遣いが嬉しくて、思わず手を口に当てれば「あ、あと伝言!」と拓海くんがニヤけながら1つ咳払いをする。そうして続くであろう言葉をじっと待てば、拓海くんがもう1度だけ頬を緩ませながら「お礼のラインはたっぷり寝たあとで。じゃないと返事はしません――だって」と告げられた。……なんでもお見通しってことか。拓海くんと別れたらすぐさまスマホを握ろうとしていた考えを打ち止めにして口から深く息を吐く。私はどうやら、昼神先生には敵いそうもない。

「そういうことだから。なまえさん、絶対安静! ユキとも早く遊びたいでしょ?」
「うん。大人しく従います」
「じゃあまたなんか必要な物あったら言って。買ってくるから」
「ありがとう。拓海くんほど良い男なら、きっとバイト先の子も振り向いてくれるよ」
「まじっスか!? やべー! 嬉しい!」

 両手をあげて万歳をする拓海くんに思わず吹き出してしまう。でもこれは、お礼のお世辞なんかじゃない。いつか拓海くんの好きな子もしあわせ荘のバーベキューに来てくれると良いなぁ。



「だいぶ下がったな……」

 ぱちりと目が覚めた時、いつもの流れで時計を見つめれば21:55と表示していた。あれからだいぶ眠ってたんだなと睡眠時間を計算してその深さを知る。今なら昼神先生に連絡しても返してもらえるだろうか。
 そんなことをいの一番に思ってスマホを手に取る。数件のメッセージをありがたく思いつつ、何個か下にあるアイコンをタップし、その勢いでタップする電話のマーク。どきどきする胸を抑えつつ、3コール呼び出し音を聞いた後、「もしもし」と低く落ち着いた声が届いた。

「や、夜分遅くにすみません」
「いいよ。今仕事から帰ってきたとこだし」
「お仕事おつかれさまでした。……お疲れかと思うので、手短に済ませますね」
「えー、いいよ。疲れた体に労いと感謝の言葉は沁みるし」
「ふふっ。……ゼリーとか色々。ありがとうございました」
「実際は拓海くんにお金を預けただけど」
「それでも。嬉しかったです。メモもありがとうございました」
「いやいや。俺が買うと、間違って犬用のおやつとか買いそうだったしね」
「……それは私が犬に見えてるってことですか」
「さぁ? どうだろう」

 クスクスと笑う声。それを耳元で聞きながら目を閉じる。そうすればちょっとでも近くに居られるような気がするから。メッセージじゃなくて電話にして良かったな。……あぁでも声を聞いたら余計会いたくなっちゃったな。

「ユキとの散歩、早く出来ると良いね」
「はい。ユキの為にも秒で治します」
「はは。ウイルスをナメちゃだめだよ」
「はい」
「素直でよろしい」

 そう言って褒められると、もっとという気持ちがむくむくと膨れ上がる。……風邪の時って、どうしてこんなに素直な気持ちが表面に現れるんだろう。

「風邪治したら、散歩に付き合ってくれますか?」
「もちろん。……散歩だけで良いの?」
「散歩だけで、って……?」
「みょうじさんのしたいこと、もっとないの?」
「それは……」
「俺、素直な子が好きなんだよね」
「……散歩以外のこともたくさんしたいです」
「……俺も。みょうじさんに早く会いたい」

 昼神先生もいつもより優しい。「だから早く治して」と告げる言葉はほんの少し甘えたな子供のようで思わず笑みが零れてしまう。ウイルスをナメるなと言ってみたり、早く治せと言ってみたり。可愛いなぁと思っていれば、「どっちも本当のことだから仕方ないじゃん」とちょっぴり拗ねる昼神先生。

「だから、もっと寝て体力付けて」
「……あの、もうちょっとだけ……電話繋いでても良いですか?」

 こんな風に甘えた声を出してしまうのも、きっと風邪のせい。全部風邪のせいにして、このままずっと電話を繋げていたいなんて思っちゃう。

「じゃあみょうじさんが寝るまでね」
「そんなにいいんですか? 寝れなくなっちゃいますね」
「子守唄でも歌う?」
「聞きたいです。歌ってくれますか?」
「ちょっと。みょうじさん素直過ぎない?」
「だって素直な子、好きなんですよね?」
「……好きだよ」
「だから、素直になってるんです」

 あの時は質問に答えることが出来なかったけど。今なら素直に言える。

「昼神先生のこと、好きだから。素直になってます」
「うん。俺も、みょうじさんのこと好き。早く直接言いたいから、頑張って風邪に勝って」
「はい。頑張ります」

 今度直接会って、素直な気持ちを伝えたら。昼神先生はきっと、褒めてくれるのだろう。

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