image

花愛づる瞼

 事前の健康状態チェックは異常なしの診断を受け、無事に第1回目のワクチン接種も事なきを得た。今日は安静にさせないとだなと思いつつ会計を済ませ、ユキと一緒に帰る道。ユキと一緒に散歩できるのはあと数ヶ月先か。雪見たらきっとはしゃぐんだろうなぁ、ユキ。

「雪にはしゃぐユキってなんかダジャレみたい」
「楽しそうですね」
「わっ、昼神先生っ!」
「あはは、ごめん。驚かせた?」

 独り言を呟いてニマニマしていた所に降って湧いた声。クレートを庇うようにして振り向けばケーシーから私服へと姿を変えた昼神先生が立っていた。今日は白いパーカーに淡めのジーンズを履いて、黒とベージュのバイカラーのアウターを合わせている。きっと気合の入った一着ってわけじゃないんだろうけど、それでもバッチリ決まっているからやっぱり昼神先生はずるい。……服、一生懸命考えたけど意味なかったかな。

「このあとデート行くの?」
「エッなんでですか」
「服、なんかこないだと違う雰囲気だから」
「こ、れは……別に、深い意味はなく……」
「そっか。ごめん、失礼なこと訊いちゃった」
「い、イエッ! 大丈夫です。……あの、へ、変……ですかね」

 私こそなんてことを訊いているんだ。可愛いと思って欲しい相手にズバっと切り込んでしまうだなんて。というか昼神先生だってこんなこと訊かれてなんて答えれば良いか困るに決まってる……! 妙な勇気に思わずクレートを握る掌に力を込めていれば「ううん。こないだの服も似合ってたし、今日の服も似合ってると思うよ」なんて、嬉しい言葉をさらりと告げてくる昼神先生。……この人女心掌握してるんじゃないか?? そんな失礼な疑惑が浮かぶほどに満点の言葉だった。

「……昼神先生、モテるでしょ」
「えっなんで。……もしかして今のセリフ、俺が誰にでも言ってるって思った?」
「だ、だって……あまりにもさらっと言うから……」
「失礼だなぁ。思ったことそのまま伝えただけなのに。それを疑うなんて、お前の飼い主どうなってんだ?」
「〜っ、失礼しました……とっても嬉しいです……」
「フッフッ。分かればよろしい」

 少しの間ジト目を送られたけど、素直に謝罪とお礼をすればそれは収められた。……とにかく、昼神先生から褒めてもらえた。それはものすごく嬉しいことだし、踏ん張ってないとスキップでもしてしまいそうになる。でもそんなことしたら昼神先生の為に考えましたってことがバレちゃうから、必死に抑える。

「あ、そうそう。コレ、渡したくて」
「これ……」

 手渡された白い紙。それを広げてみると、この前言われたおすすめのエサ一覧が載っていた。お世辞じゃなかったんだと紙から先生へと視線を移せば、「俺、良い子でしょ?」とはにかまれた。

「さっき渡せれば良かったんだけど、タイミング逃しちゃったから」
「わざわざすみません……帰ってじっくり読ませて頂きます」
「じゃあ俺はこれで――って格好良く立ち去りたいんだけど。俺も帰り道こっちだから、一緒に帰っても良い?」
「も、もちろんです!」

 食い気味になってしまった返答を昼神先生は茶化すことはせず「ありがとう」と受け止める。そうしてぐぅっと伸びをする姿はまるで大きな犬のようで、つい頬が緩んでしまう。それがバレないように「お疲れ様です」と労いの言葉を向けると「はぁ、癒される」と目を細める昼神先生。……私の方が癒されそうだ。

「今から帰って爆睡コースだな、こりゃ」
「じゃあユキと一緒ですね」
「ははっ確かに。人間も犬も睡眠大事」
「ご飯も大事ですね」
「おっしゃる通りです」

 2人と1匹。決してデートではないけれど、こうやって並んで歩く道は素直に楽しい。

- ナノ -