image

惚(ほ)けるな危険

 あの後ユキは何事もなかったかのように寝入ったので、ひとまずは安心することが出来た。とはいってもやっぱり心配だったので、起きてすぐユキの様子を見に行くとユキはまだ夢の中に居て、思わず笑みがこぼれた今朝。一安心を抱えながら一旦部屋に戻り、準備を終えてから再び顔を出すとユキも起きていた。

「おはよ、ユキ。具合大丈夫そうだね」

 わん! と可愛らしくも元気いっぱいの声で応えてくれたユキを笑い、トイレトレーニングとご飯を済ませ、ユキと一緒に朝日を浴びていると潤ちゃんが心配そうに尋ねて来た。

「良かった。ユキ、大丈夫みたいだね」
「うん。あの後ぐっすり寝てたし、今もご飯とトイレ問題なくしてた」
「そっか。今日ちょうどワクチン打ちに行く日で良かったね」
「だね」

 潤ちゃんと話をしているとボサボサの髪を弾ませながら拓海くんも「ライン見た! ユキ、ユキ!」と駆け寄って来たので、その姿を潤ちゃんと2人して呆れ笑う。
 ユキが無事であることを確認し縁側になだれ込む拓海くんに「ありがとう」とお礼を告げた所で病院に出かける時間となった。「ユキ、そろそろ出かけよっか」と声をかければ、とてとてと駆け寄ってくるユキ。
 大人しくクレートに入ってくれたことを「えらいねぇ〜!」と褒めてあげると、ユキの鼻がひくひくと嬉しそうに動いた。

「あ、なまえさん」
「ん?」
「その服、すっげぇ可愛いです!」
「ほんと? ありがとう!」
「うん。可愛いよ、なまえ!」
「ありがとう! じゃあ、行ってきます!」

 潤ちゃんと一緒に悩んで決めたコーディネート。小さな花が散りばめられている黒色のスカートなので、上は明るめのパーカを着て、スニーカーはパーカーに似た色合いのものを選んだ。髪は巻くかどうか迷って結局ワイヤーポニーでヘアアレンジした。あまりがっつり気合を入れ過ぎないように、と意識はしたけどちょっぴり不安だったので無事2人からGOサインが出たことに勇気をもらって歩きだす第1歩。……先生、ちょっとでも可愛いって思ってくれるといいなぁ、なんて気持ちも乗せて。



「おはようございます」
「おはようございます。診察券お願いします」

 辿り着いた動物病院には今日も既に数人の患者さんが居た。クレートを揺らさないように気を付けながら診察券を取り出していると「山田さん、このカルテなんですけど――あ、みょうじさん。おはよう」と受付に顔を覗かせた昼神先生と目が合った。

「お、オハヨウございますっ。……あ、昨日はありがとうございました」
「ユキ、あれからどうです?」
「おかげさまで。なんともないです」
「それなら良かった。また後で様子診ましょうね」
「お願いします」

 昼神先生は緩やかに頷き、そして何かに気が付いたように目を少し開いた。「山田さん。みょうじさんの診察券、書き換えてもらってもいいですか?」そう言って事務員さんの手元にある診察券を指差す昼神先生。

「ナナシじゃなくて、“幸”と書いて“ユキ”くんにしてあげてください」
「分かりました。帰りに新しい診察券お渡ししますね」
「あっ、お願いします」

 事務員さんに会釈した後昼神先生に視線を移すと「ユキ“くん”ね」と意地悪な強調を見せつけられ、思わず息を呑む。そうして私が何かを言おうとするよりも先、昼神先生は悪戯が成功したかのように笑って立ち去っていくから。私はむすくれた頬を抱えユキと一緒に待合室で待てをするはめになるのだ。

「……すみません。カルテ持って行くの、忘れてました」
「うふふ。ですよね」

 少しして再び受付に現れた昼神先生をしたり顔で見つめてやれば、今度は悪戯が見つかった子供のように肩を竦めて引っ込んでゆく。……格好良かったり頼りになったり可愛かったり。……まるで犬みたいな人だ。

- ナノ -