stray sheep sunday

 ボーダーは意外にもカップルが少ない。見聞きしてないだけで数組は居るようだけど、広く知れ渡った交際をしているのは私と風間さんくらいだ。別れた時のことを考えると、ひっそりと付き合うか、もしくはボーダー外に恋人を作ることが賢い選択だということも分かる。

 それでも、風間蒼也という人間と触れ合ってしまえばそんな損得勘定は意味を成さない。
 高校から一緒だった諏訪先輩の絡みでボーダーに入隊し、B級に昇格してからはそのまま諏訪隊のアタッカーとして活動をしていたある日。飲みに連れて行ってもらった先に居た数人のボーダー隊員。その中に風間さんが居て、すぐさま隣を陣取ったことを覚えている。
 その時は恋愛うんぬんとかじゃなくて、純粋な憧れだった。アタッカーとして最も尊敬していた人物とお近付きになれたことが嬉しくて、私は風間さんに質問攻めを喰らわせ続けた。その甲斐あってか、風間さんは私の師匠となり、いつしか恋人になっていた。

 風間さんのことは大好きだし、交際がバレて困ることもない。だって別れるつもりなんてないから。風間さんも私が近しい距離感で話しかけることを厭わないので、この気持ちはイコールで結ばれていると信じている。

「なまえ、腹減ってないか?」
「お腹ペコペコです」
「では帰りにどこか寄るとしよう」
「やったー!! ぐいっと一杯、行っちゃいましょう」

 日曜日の訓練終わりはどの曜日よりもビールが効く。そのビールを風間さんと一緒に酌み交わせるというのは、私にとって何よりのご褒美。風間さんからの提案に手を上げ喜び、その手で酌を表してみせれば風間さんも緩やかに微笑んでくれる。さすがにボーダーの中で手を繋ぐことはしないけど、外では自然と絡むんだろうなぁと思い描く。その少し先の未来に向かって歩みを進めていた時、「風間くん」と呼び止める声がして2人して立ち止まる。

「呼び止めてしまってすまない」
「いえ。俺に何か用でしょうか」
「……今からちょっといいかい?」

 唐沢さんと風間さん、2人の視線が私へと向く。唐沢さんは“今”ではなく、“今から”と言った。きっと、それなりに大きな話なのだろう。それを風間さんも察知したらしく、唐沢さんへ返事をする前に私へと向けた視線で是非を問われた。飲みに行けなくなってしまったのは残念だけど、唐沢さんが無意味な呼び出しをするような人じゃないことは知っているので、ゆっくりと頷きを返せば風間さんの瞳が1度瞬いた。そのまま視線を唐沢さんへと移し、「大丈夫です」と答える風間さん。

「悪いね。……みょうじくん」
「……いえ、」

 唐沢さんは私に対してしきりに謝罪を口にしながら風間さんを連れて立ち去って行った。確かにご飯が流れたのは唐沢さんの呼び出しがあったからだけど、また次もあるし、どちらかといえば時間を拘束されるのは風間さんの方なのに。変な唐沢さんだなぁ、なんて思いながら大人しく帰宅した自宅。

―土曜日にお見合いをすることになった

 唐沢さんの謝罪の理由を本当の意味で理解することになったのはその日の夜。

「は? いやいやいや……は?」

 わけが分からなくて、届いたメッセージに口でも手でも同じ言語を紡げば“詳しいことは明日話そう”というメッセージで切り上げられてしまった。おやすみという言葉を付け加えられてしまえば喰い下がることも出来ず。というか、この状態で喋ってもまともな話し合いにならないことを風間さんも私も分かっている。だから引き下がったとも言える。……とにかく、明日。明日話そう。

「だめだ……意味分かんない……」

 こんな状態で睡魔が訪れてくれるわけないってことも、分かりきっていたこと。
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