あなたと幸せ

■ハイキュー!!magazineのインタビューを夢主が行った設定
※magazineの内容に少しだけ触れています。

「ただいま〜」

 少し間延びした声を発しながら開いたドアの向こうで、同じような口調で「おかえりぃ」と返される。声色はあまりよろしくない。久しぶりの帰宅だというのに、声の主は一体何に拗ねているのだろうか。“今度はなんだ”という気持ちに面倒臭さと可笑しさを混ぜながら靴を脱いでいると、「おかえりぃ〜」と同じ言葉を先程より近い場所で降って落とされた。何度も言わんでええわ、というツッコミを入れていたらキリがないので「うん」と返すだけに留める。そうして靴を脱ぎ顔を上げようやく声の主である侑と顔を合わせれば、やはり侑の表情は拗ねた子供のようだった。

「どうしたん。アンタのなまえが久々に帰って来たんやで」
「そうやねん。なまえちゃんは俺の大事な奥さんやねん」
「せやったらもっと嬉しそうに迎え入れんかい」
「だって……」

 ほんまは空港まで迎えに行きたかった――唇を尖らせ主張する言い分。確かに侑は出張に行っている間に交わしていたメッセージでもそう言っていた。けれどそれを私が“空港着いたらその足で職場に行くから良い”と断った。そのことが気に食わなかったらしい。続け様に吐き出された「やって、そっちのがなまえちゃんともっとたくさん一緒に居れたやん。なのに自宅待機て。その分なまえちゃんと居れる時間が短くなってしもうたやん」という言葉にその不満が表れている。
 コイツはほんま……。結婚して、私の帰る場所は侑の居る家になったというのに。それでもなお少しでも長く私と一緒に居たいなどと言ってのける。私のことどんだけ好きやねん。まぁかくいう私もそういう部分を可愛く思ってしまうのだからお互い様なんだけれども。

「じゃあもう私が帰って来ても嬉しくない?」
「ううん、めっちゃ嬉しい。会いたかった。おかえり」
「ふふっ。うん。ただいま」

 上目遣いでちょっぴり目をうるうるさせて。そうして質問系で何かを言えば侑はすぐに表情を輝かせる。何年経っても私のあざと攻撃を喰らってくれるからチョロいものだ。お願いしたいことがある時などに都合が良いので、この先もずっとその調子でよろしくお願いしたい。

「迎え、行けんくてごめんな」
「いやいや。こっちこそ迎え行く言うてくれたのに断ってごめんな?」
「ええよ。なまえちゃん、」
「ん?」

 俺に会えて嬉しい? なんて。瞳をうるうるさせて訊かれてしまえば。心臓を押さえるより先に口に手を当ててしまうじゃないか。大男のきゅる顔なんて似合わなさ過ぎて笑えてしまう。どんだけ可愛いんだコイツ。ぷっと吹き出す私を見ても待ちの姿勢を保つ侑に咳払いをし、「ちょっとは」と返す。そうすれば侑はちゃんと等身大の想いを受け取り「おかえり!」と満足げに笑う。何回ただいまとおかえりを言い合えば良いのか。

「荷物貰うで」
「ありがとう。はぁ〜無事海外勢インタビュー終わってホッとしたわ」

 2人で廊下を歩き、居間へと場所を移しながら吐き出す溜息。2024年に改めてバレー界注目の選手や人にフォーカスを当てた雑誌を刊行することになり、ありがたくも私がインタビューの担当になった。出来るだけたくさんの選手とコンタクトを取りたかったけど、都合上どうしてもそれは叶わなかった。第2弾、3弾と弾みをつけ、今後もたくさんの選手にインタビューが出来るよう、まずは目の前の仕事を全力でこなさねば。
 今回は日向くんに始まり影山選手、そして及川選手に会いに行ったことで無事海外遠征は終了。あとは日本に居る黒尾さんとコヅケンの取材を残すのみ。黒尾さんの取材日は木兎選手が開くバレー教室の日を予定しているので、そのまま木兎選手にも話を聞ければ儲けものだ。多分、いや絶対向こうからインタビューして! と言ってくるとは思うけど。

「あ、これ日向くんのとこ取材行った時の写真」

 荷解きを終え侑が座っていたソファの隣に腰掛けスマホを取り出す。及川選手の記事はどんな内容にしようかなとスマホで撮っていた写真を見返していると、日向くんの取材時に撮った写真に辿り着いた。近辺の写真殆どがオレンジ色に染められていて、“鮮やかやなぁ”と思わず笑ってしまう。ちなみに、そのゾーンより前は殆ど侑の金髪が色合いを占めているので、私の写真フォルダはだいぶうるさめの仕上がりとなっている。

「日向くん、あっちでも美味しいご飯屋さんハズレなしやったわ」
「翔陽くんはな、すごいねん」
「なんで侑がドヤんねん」

 侑にツッコミを入れつつ指をスライドさせ、今回の出張で撮影した写真に戻り1枚1枚見つめていく。……及川選手、日向くんや影山選手に比べるとやたらカメラ目線なのが多いな? 取材の時も終始笑顔ではあったけど中々にクセのあるキャラだったし。及川徹――オリンピックでの活躍から一気に日本での人気も高まり、今回の取材が決定した選手。そのことを本人に伝えるとドヤ顔具合に磨きがかかったのを覚えている。ちなみに、数年前お父さんがアルゼンチンに取材に行っていた相手でもある。そのことを知った時は改めて父親のジャーナリストとしての偉大さを実感した。今でも目指すべき背中を思い浮かべながら写真を見つめていると、隣からジリジリとした視線を感じ侑を見上げる。

「何」
「夢中やなぁ思うて」
「そりゃ仕事やし。どんな写真使おうかなて真剣になるに決まっとうやん」
「俺のことは見てくれへんくなったくせに」
「それは仕方ないやん。私ら夫婦やし。侑を取材する数減るんはお互い受け入れたことやんか」
「だってなまえちゃんとどうしても結婚したかってん。せやけど記事も書いて欲しいねん」
「それはワガママやで侑」

 侑にプロポーズをしてもらい、ほぼ即答で頷いた数年前。その時に私たちが“家族”になるとはどういうことかを話し合った。妻となった私が夫である侑のことを書いたら、贔屓目で見ていないかという声が上がりかねない。そんなことはしないと誓えるけれど、それを判断するのは私たちではない。フェアとは呼べぬ記事は侑にとっても良くない。だから私が侑のことを記事にする回数は今までより減ることも説明したし、侑はそれでも良いと言った。だというのに、未だに侑はその部分で駄々を捏ねる。まぁ私が書いた別の人のインタビュー記事を読んでは「やっぱええなぁ」と呟く様子を見ていると、どうにかしてあげたいとも思ってしまうけれども。月刊ヤキューと兼任するようになり、バレーの取材をすること自体少なくなってしまったのも侑に我慢をさせている要因の1つだ。でも、こればかりは私の一存では決められない。

「野球のこと書いてる記事も好きやけどな? でも俺はもっとなまえちゃんが書いた“バレー”の記事が読みたいねん」
「ありがとう」
「で、俺のことも書いて?」
「堂々巡りやアホ」
「でもなまえちゃんも俺のこと記事にしたいやろ?」
「うん。めっちゃしたい」

 等身大の気持ちを素直に返す。仕事において嘘はナシだ。プライドをもって返した言葉に、侑の顔面が溶けた。その顔をゲラゲラ笑いながら写真に収めれば、私のスマホフォルダに再び金色が戻って来た。うん、しっくりくる。

「あ、せや。及川選手な、今日本のドラマにハマってんねんて。恋愛モノのやつ」
「ふぅ〜〜ん」
「私らが観てるやつも観てるんやって」
「ちなみにどっち推しなん?」
「太郎言うてたで」
「ハァ〜ッ! 趣味悪ッ」
「は? 私かて太郎推しやねんけど?」

 ブリュンヒルデ玲子ちゃん演じるヒロインが太郎と次郎の間で揺れ動くラブストーリー。世間でも今その2人のどちら派かで盛り上がっている。そしてその話題が今現在宮家でも行われ、カーンと試合開始のゴングが鳴った。

「太郎のがええやん。いつでもブリュンちゃんの為を想って行動して。あない優しい男、ブリュンちゃんは鷲掴みにせんとアカン思うわ」
「いーや。太郎は優しいだけで押しが足りひん。次郎のガツガツした感じがええねん」
「ガツガツされたら引くわ。優しい男のがええ」
「なんでや! なまえちゃん俺のこと好きなんやろ!? せやったら次郎派やん」
「私の次郎は侑だけで充分や」
「…………スゥーッ」

 侑が黙った。沈黙と言った方が正しい。ハイ、侑の負け。なんとも呆気ない試合だった。両手で顔を覆う侑に「照れんな」と言えば「俺のこと抱いてください」なんて宣うので腕を叩いておいた。

「及川選手にな」
「まぁたオイカワ! はいはいオイカワ!! はぁ〜どっこいしょ!!」
「北さんとこの米をお土産に持って行ったんやけど」
「ほんま!? 世界のオイカワ選手、北さんの米が分かるホンモンやったもんな〜! 元気かな〜! 世界のオイカワ選手!」
「めっちゃ嬉しがってた。今の侑みたい」
「うぅ〜〜んッ! フクザツ」

 うちの夫、情緒が不安定過ぎる。なんだかんだ言いつつ海外出張で会った選手たちのことを気にかけているのか、その後も侑から逆取材のようなことをされ、ああだこうだと言いながら寝る時間を迎え。久々に寝る自宅のベッドが1番の寝心地だと思っていると侑からぎゅうっと抱き締められた。

「苦しい」
「これくらい抱き締めんとあかん」
「なんで?」
「なまえちゃんから俺以外のセッター臭してるもん」
「はぁ? セッター臭ってなんやねん」
「俺にだけ分かる臭い」

 俺には分かんねん。なんてワケの分からない理屈を自信満々に言ってのける侑。意味不明過ぎてツッコむ気にもなれない。それに侑に抱き締められると侑の匂いがしてなんだか安心するし、もうええわ。

「侑臭」
「“あつむしゅう”って言われるとなんやクサい奴みたいに思えるんはなんでやと思う?」
「知らんがな。ほんまにクサいんとちゃう?」
「えぇ〜? どう? クサい? 俺クサい?」
「うあ〜ッ! グリグリすんなっ! ウザい!」
「ウザクサい俺」
「最悪やん」

 クサいかどうかは知らんけど。こうやって侑に抱き締められるのは、めっちゃ好き。

「侑」
「ん?」
「これからもずっと、こうやって一緒に寝よな」
「うん。ええよ。なまえちゃんが死んでもこうして一緒に寝たる」
「そこは墓に入れたれや」
「もしかしたらガイコツになって蘇るかもやん。ヨミヨミの実食べてたら」
「ヨミヨミの実どこにあんねん」

 いやというか私のが先に死ぬ前提なのが腹立つ。そう言葉を続ければ侑も「なまえちゃんに先立たれるの、俺めっちゃ嫌や」と顔を擦り寄せ甘えてくる。自分で言ったクセに、なんて言い合っているうちに2人して寝落ちして。そして迎える朝に「おはよう」と笑い合う。そういう毎日が続いていくと考えたら、ちょっと、途轍もないくらいに幸せなんじゃないだろうか。




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