パパラッチ失格

 状況はあの時と同じ。両手を後ろで組んで私を壁に追いやる宮選手。決して塞がれてはないけれど、逃げることが出来ない。

「俺担当やめるん?」
「別に宮選手担当ではないし」
「キスしたんが原因?」
「っ!」
「意識した? 俺のこと」
「あんまからかわんといてっ! 私かて仕事やねん」

 そうだ。仕事をしているのだ。それをどうして宮選手にいちいち説明しないといけないんだ。……確かに、宮選手が原因でもあるけれども。

「今の電話相手、こないだ言ってた野球選手?」
「そやったら何」
「メシでも誘われた?」

 ぐいぐい訊いてくる宮選手を睨みつけても、宮選手は臆さない。「なぁ。その人とメシ行くん」と同じことを訊き続ける。

「別に……トレーニングの見学に来んかて誘われただけや」
「そんで? その後ご飯行きませんか〜ってなってそれを続けて最終的には“好きです”やろ」
「そんなんっ、」
「分かる。分かんねん」
「ハァ?」

 あまりの言い切りの良さに思わず眉根を寄せれば「なまえちゃんに気がある人間、俺分かる」と尚も続く自信。……佐俣選手にそんな気持ちがあるだなんて、感じたこともない。それなのにどうして宮選手はこんな風に断言してみせるのだろう。

「取材はええけど、メシはあかん」
「……は? なんでアンタにそんなん言われなあかんの」
「だって好きな子が男と2人とか嫌やろ」
「……そんなん勝手ばっか言わんといて」
「だめ。行かせへん」
「はぁ!?」

 あまりにも勝手な口ぶりについ語尾が荒々しくなってしまう。さっきからこの男は何を束縛男みたいなことを。私だって仕事なんだし、例えキスをされたからといってそこまで踏み込まれる間柄ではない。

「なぁ。そのトレーニングの日、俺のことインタビューして。ええ記事書かせたるし」
「えっ」
「日時教えてくれたら合わせるから。これも仕事やろ?」

 そう言われると断ることは出来ない。今まで宮選手のことをまともに書いた記事はあの1回だけ。特集を組むと考えたら、脳内に訊きたいこと、書きたいことがブワッと思い浮かぶ。……どうしよう、書きたい。

「せやからメシ誘われても断ってな?」
「……ご飯に行く行かんは私が決めることやん」
「何、なまえちゃんメシ行きたいんか?」
「違、」
「やっぱその選手のこと好きなん? 俺のことも好きなくせに?」
「……っ、何でそんな風に言われなあかんの? 私ら別に付き合っとうわけやないのに。勝手にキスして、勝手に気持ち通わせた気になっとうけど。私らそんな関係にもなってへんし!」

 イタンビューの件は編集部から連絡させるからと言って立ち去る。……こういう痴話喧嘩の時でさえ仕事の取り付けを忘れない辺り、私もプロなのだろうか。

 柄長先輩に連絡すると、二つ返事のGOサインが来た。佐俣選手のトレーニングに行く日と日程をずらすことも考えたけど、きっとそれは宮選手が許してくれないだろう。とういうかどうして宮選手の許可が要るんだ。……私たちはそんな関係でもないのに。

「そんな関係、なぁ」

 まるで望んでいるかの言葉だ。その先に踏み込むことが怖いと怯えていたくせに。宮侑の前では隠れた本心が前に出てきてしまう。私は、とことん矛盾した気持ちを抱えている。



「今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。なまえさんがまた野球担当なるって聞いてほんまに嬉しいです」
「ありがとうございます。いうて兼任なんですけど」
「そんなら前みたいに頻繁には会われへんのですね」
「そうですね」

 約束していた日、自主トレ場所へ向かい見学し取材も終えた時、いくつか世間話を交えていると佐俣選手が「そっか……」と小さく呟いた。意を決した表情で顔を上げたかと思えば、「この後、ご飯でもどうですか?」と尋ねられ、思わず固まってしまった。

「ふ、2人でですか?」
「2人で、です」

 女子と2人でご飯に行くのは、気持ちがあるからだと誰かが言っていた。なまえちゃんに気がある人間、俺分かる――宮選手はやけに自信満々だった。……私は、パパラッチ失格だ。

「その……ゆっくり、関係を深めていけたらと思ってます」
「ありがとうございます。……でもすみません。ある人から男の人と2人きりでご飯はだめだと言われてまして」
「……すみません、お付き合いされてる方居たんですね」
「お付き合い……はとにかく、その人からだめって言われてしもうたら、私も行きたいとは思われへんくて。だからごめんなさい」
「俺こそ。はっきり言ってもらえて良かったです」

 これからも取材相手としてよろしくお願いしますと頭を下げられ、私も頭を下げる。佐俣選手ならこれから先も大丈夫だって思えるけど、選手からの貴重な誘いを断ってしまった。これも全部、宮選手のせいだ。……今日の取材、覚えてろ。




prev top next


- ナノ -