祝砲

 約束していた時間に行くと、待っていた宮選手は私の姿を見るなり満足そうに笑う。ここに現れた時点で分かってるくせに、「メシは?」とあえて訊いてくる所が腹立たしい。

「これが終わったら行く」
「……エッ」
「ふっ。冗談や、ちゃんと断った」
「も、もぉ〜! なまえちゃん質悪いわ」
「仕返しや」

 写真撮影もあるので、メイクさんも呼んで互いにメイクセットもバッチリの状態で椅子に座って向き合う。コンビニに行く時でさえ見た目を気にすると言っていた宮選手は、その言葉の通り髪の毛を気にしてはメイクさんに整えて貰っている。その様子を鼻で笑えば「なまえちゃんも化けたな」と満面の笑みで言ってくるので睨みつけておいた。

「……さ。取材、始めさせてもらいます」
「よろしゅう頼んます」

 取材展開が心配だったのか、あかねちゃんや柄長先輩たちも居合わせる中始まった取材。今まで密着してきたおかげもあって、色々なことを訊き出すことが出来る。時には本気でムッとすることもあったけど、それさえも和やかな雰囲気となって終始笑いの堪えない現場になった。……今までやってきた取材の中で、1番楽しいと思ってしまったことが悔しい。宮選手のバレーに対する気持ちは、いつだって私を惹き込む。この人のことをずっと追い続けたいと思わせる魅力がある。……私は、バレー選手の宮侑が好きだ。

「以上で取材を終わらせて頂きます。ありがとうございました」
「格好ええ記事にしてな」
「仕方ないな」
「……あ、最後に。もう1つだけええ?」

 ボイスレコーダーを切り、立ち上がろうとした時。宮選手の待ったが入り、動作が止まる。一体何事だと思い見つめれば「なまえちゃん。こないだのキスの件、ほんまにごめん」と聞き捨てならない爆弾を投下された。

「なっ……!」
「勝手にキスして、勝手に気持ち通わせた気になってた」
「い、今言うこととちゃうやろ!」
「こればっかりは俺が間違い。俺が悪い。ほんまにごめんなさい」
「わっ、分かりました……もう充分気持ちは伝わりました……!」
「いや。まだ何も伝えられてへん」

 この取材が終わったらちゃんと話し合おうと思っていたこと。それをまさか他の人も居るここで言われるとは思っていなくて。必死に制止しながらも取材陣に目線を這わせてみても、周囲の人間はニヤニヤと動向を見守るだけ。

「チームメイトにもこってり絞られた。臣くんなんか汚物見る目やった」
「ち、チームメイト……?」

 その言葉にもう1度周囲に目を這わせれば、ブラックジャッカルの面々も居ることに気付いた。……これはもしかして。はじめから仕組まれていたことなのか?

「なまえちゃんの仕事はスポーツジャーナリストで、今後いつ別の担当になるか分からん。もしバレーから担当外れるってなったら、今みたいには会われんくなるってことやんか。そうなる前に、ちゃんと伝えときたい」
「な、にを……」

 そう言いつつも、宮選手が何を言おうとしているか予測出来る。ただ本当にソレなのだろうかと戸惑いが不安を呼ぶ。その不安を宮選手は迷いなく「俺、なまえちゃんが好き。せやから俺と付き合って欲しい」という言葉で斬り伏せる。

「そ……な、そっ」

 言いたいことはたくさんあるのに、宮選手のように淀みなく紡ことが出来ない。周囲のどよめきが耳に入ってくるけれど、なんと言っているかまでは分からない。

「俺の彼女として。これからも俺に会いに来て。会いに行かせて。なまえちゃんの隣を俺だけのモンにして下さい」

 そんな状況だというのに、宮選手の言葉だけはスッと脳内に入って来る。……人間は身勝手だ。欲しい言葉だけを選別して嬉しさで脳を埋め尽くせるのだから。

「……ここ。記事にはせえへんから」
「えっなんで。一言一句漏らさず記事にして」
「嫌や。誰にも見せへん」
「そんなん、記者失格やで」
「それでええ。宮侑の告白の言葉は、私だけのモンや」
「ふはっ。今ここにおる皆さんにガッツリ聞かれたけど? その為に呼んだのに」
「……じゃあ、2人きりの時にもう1回ちゃんと言って」
「分かった。もうええってくらい、たくさん言うたる」

 そう言って笑う宮選手に私も笑い返せば、拍手と共にパシャパシャと祝福を向けるシャッター音が鳴り響いた。




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