さよならが来てもいいように

 再びやって来たオフの日。父親が昨日から大阪に居るというので、久々に会うことになっている。日向選手に教えてもらったお好み焼き屋を案内しようとする前に父親から「ここでご飯を食べよう」と言われ目を見開いた。やっぱり父親のフットワークにはまだまだ敵わない。

「なまえ! 久しぶりやな」
「久しぶり。最近はどこ行ってたん?」
「アルゼンチン。1人気になる選手が居ってな」
「へぇ、アルゼンチン。どんな選手やろ。気になるわ」
「バレーの選手なんやけどな。まぁ追々記事にしていくから。見たって」
「楽しみにしてるわ。そんで、今回はなんで大阪に?」

 お店の席に着くなり互いの近況を報告し合う。父親がここに来た理由を尋ねると、「会いたい選手が居ってな。ちょうど試合こっちでやる言うから、昨日会うてきてん」と言いながら父親がスマホを操作する。そうして手渡されたスマホにはバレー界の若き主砲――牛島若利選手との2ショットが収められていた。……牛島選手、写真映り相変わらず悪いな。

「今でも関りあるんや」
「当たり前や。俺は牛島選手から名前も覚えてもらっとんやで」
「ほぉ〜。ワールドリーグの記事、あれだけ手厳しく書いたのに。よお怒られへんかったな」
「そんな選手やあらへんやん。あの人の器の大きさはハンパない。さすがモンジェネや」

 柄長先輩も、お父さんも。1人の選手を特別視している点では私と同じだ。それでもこんなにも格好良く、誇らしく見えるのだから恐らくここにジャーナリスト精神は関係ない。私の技量がまだまだというだけだ。

「私ももっと頑張ろ」
「なまえの記事、お父ちゃん楽しみにしとうで!」
「うん、ありがとう」
「すみません、遅れました」
「おう! 久しぶりです」
「えっ、」

 しばらくして個室の戸が開かれ、姿を現したのは数ヶ月ぶりに会う懐かしい選手。ちらりと父親を見れば「昨日はバレー。そんで今日は野球」とはにかまれた。さすがはフリーランス、及ぶ取材の幅が広い。

「なまえさんやないですか」
「久しぶりです。佐俣選手」
「ほんまに。元気でした?」

 そう言って父親の隣に座る選手――佐俣源輝選手。プロ野球選手で、私が月刊ヤキューの担当だった時に良くしてもらった選手だ。野球界はちょうどオフシーズンなことと、佐俣選手の本拠地が大阪なこともあって、久しぶりに会おうという話になったのだという。そして、ちょうど私がブラックジャッカルの密着で大阪に居るのでそれなら3人で――そういうからくりがあって実現した食事会だということを父親が得意げに話す。

「どやなまえ。びっくりしたやろ」
「みょうじさん、なまえさんに言ってなかったんですか? すみません、俺なんかが急に参加してもうて」
「いやいや、久々に会えて嬉しいです! あ、そうや。遅れましたけど、開幕投手、おめでとうございました」
「ありがとうございます。まぁ成績自体はあまり良くなかったですけど」

 佐俣選手はそう言うけれど、チームの活躍が素晴らしいものであったことは担当でなくても知っている。きっと佐俣選手の成績なら来年の開幕投手だって狙えるはずだ。その為に佐俣選手は一体どんなトレーニングを行うのだろうか。

「今年の自主トレも海外ですか?」
「うーん、今年はこのまま大阪ですることも考えてます」
「えっ、ほんまですか? それやったら私も見学行けるかも」
「それやったら大阪でやろうかな」
「是非!」

 佐俣選手との会話は懐かしい気分になる。まだ新人の頃、何をどう訊き出せばいいかも分からない私に、佐俣選手は丁寧に付き合ってくれた。そのおかげでジャーナリストとしての力が身に付いたともいえる、いわば恩人のような人だ。

「なまえさん、また野球担当に戻って来て下さい」
「えっ」
「このシーズン、なまえさんのインタビュー受けられへんの寂しかったです」
「うっ、そっ……れは、お世辞が過ぎますって」
「ははは」

 ほんまやのに、と続く声に思わず赤くなった頬。それを見た父親が「俺、お邪魔虫か?」とニヤニヤ見つめてくるので、机の下で足を蹴る。
 私はスポーツジャーナリストだから。担当するスポーツがバレーだけとは限らない。もしかしたら月刊バリボーの担当を外れることもあるかもしれない。……そうなる前に、宮選手の記事だけは書いておきたいな。




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