満腹中枢リミッター解除

 SNSでコラムのような形で発信する企画は、ファンから大好評を博している。ブラックジャッカルのファンだけでなく、対戦チームのファンも楽しみにしてくれているようでコラムのアクセス数がけた違いに多い。それだけ期待を背負った企画になったことに、より一層身が引き締まるのと、充実感と――焦り。

 宮選手のファンから不満が上がらないだろうかという不安は“今日の宮選手”というコーナーのおかげで杞憂に終わっている。このコーナーは宮選手のドジなどをアップする私による私の為のコーナーで始めたものだったけれど、ファンからの根強い人気を得ることが出来た。
 少しでも宮侑に嫌がらせが出来ればという私情と、ジャーナリストとしての気持ちを戦わせた結果で出来たコーナー。結局、宮侑にとってプラスになっている気がしなくもない。
 宮選手も宮選手で、何かをしでかす度に写真に収めてドヤ顔を決めてみても「笑いが取れるんやったら」という気前の良さ。……関西人め。

「あかん……全然ダメ」

 ブラックジャッカルに密着を始めて数週間。このオフ日に至るまで何も非難出来るようなネタが出てきていない。“バレーにおいてマイナスなことなんて1つもない”と言い切ってみせた宮選手の言葉が今になって沁みる。そうして続けられた“書かれてまずいこと”というワードも続けざまに思い浮かべた時、ふと顔を上げる。

「書かれてまずいこと……パパラッチ……」

 牛タン屋で交わした言葉たちを思い浮かべ、行き着いた“プライベート”というワード。それは口に出す前に頭を振って打ち消した。さすがにそれはだめだろう。これをしてしまうと越権行為だ。自分の欲望のために相手のプライベートにまで踏み込むのはジャーナリストとして、というか人間としてだめだ。

「たまには私も息抜きしよう」

 選手のオフに合わせて私も休暇を貰うことが出来た。東京に戻ることも考えたけれど、どうせなら大阪の街並みを散策したい。日向選手から教えて貰ったたこ焼きも食べてみたいし。
 スマホに日向選手から貰った店の情報を打ち込み、マップを開く。駅の近くならアクセスも良さそうだ。ひとまずこの店に行ってみることにしよう。



「うまぁ!?」

 あまりの美味しさに声を張ってしまった。日向選手の紹介してくれるお店に間違いはないようだ。今度はお勧めのお好み焼き屋でも紹介して貰おう。満腹感と幸福感を抱えながら店を出て次はどこに行こうかと考えを巡らせていた時。

「……えっあれ、」

 見慣れた人物の姿を見つけ思わず目で追ってしまう。帽子被ってるけど分かる。あれは宮選手だ。オフに一体何してるんだ――ってオフだから何してても良いんだけど。

「宮選手のプライベート」

 口に出してしまったワード。これは行ってはいけない向こう側。これ以上踏み込むことは許されない。――分かっている。分かってはいる……のに、歩みが止まらない。

 記事にはしない。ただ宮侑の人間的な部分を知っておきたいだけ。
 自分でも苦しい言い訳をしているなとは思う。止まるなら今だと警告をする自分も居るのに、宮侑が乗る電車に一緒に乗り目的地も分からぬまま揺られ続ける。ここはどこだと思う間もなく宮侑が降りた駅で降り、ここがどこなのか理解もせず宮侑の歩く街並みを歩いている。

「……ここ」

 そうして辿り着いた先。そこは試合会場でよく目にする“おにぎり宮”というのれんが提げられていた。ここまで来たのに、結局“書かれて困ること”にも辿り着けなかった。それどころか、私は人間として大切な何かまで失ってしまったような気がする。

「最低や、自分」
「なまえちゃん見っけ」
「ヒィッ!?」

 落とした肩を上から抑えられ、体全体が跳ね上がる。聞き慣れた声が間近で聞こえることに恐怖を抱きながら振り返れば、そこにはしたり顔の宮侑の姿。…………終わった。

「俺もそれなりに人気者やらせてもらっとうし。パパラッチ対策には慣れてるんやで」
「ちがっ、私はっ、」
「んー? 駅からずうっと一緒やったよな?」
「っ、おっおにっ、おにぎり宮に行こうて思うてただけや!」

 苦し紛れにおにぎり宮を指差せば、「そうか。ほんなら俺と目的地が一緒やっただけやんな」と肩に置いた手で私をおにぎり宮へと連行してゆく宮侑。……明日からダイエットしないとだ。




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