揺らがぬ天秤

「おいツム。店先の看板ちゃんと見んかい。まだ“支度中”やろうが」
「は。そんなんいつものことやん」

 侑くんはサムくんの窘めもどこ吹く風の様子でズカズカと入店してくる。どかっと腰掛けカウンターの上で両手を組み、親指同士をクルクルとまわしながら「腹減った。今日はなんにしよ」とメニュー表を眺める侑くんは、コートの姿とはまるで違う。

「サーブが決まらんて泣きごと言わんでええんか」
「今日のサービスエース観たやろがい」
「観てへん」
「嘘吐け。そこの配信ちょうどサービスエース直後やんけ」
「あ、消すの忘れとった」
「あ! ちょ、次も俺の見せ場!」

 またしても始まった双子劇は「開店の時間やな」と時計を見て店主の顔になったサムくんによって打ち切られた。侑くんが居るので騒ぎにならないかと心配していれば、「夜間は昼間に比べてゆったりですし」とサムくんが察して言及してくれた。「なまえさんも注文決まったら言うてください」と続けながら店先の看板を替えに行くサムくんを見つめていると、隣から「なぁ」と声をかけられる。

「なまえちゃん、なんで差し入れくれんかったん」
「ごめん。一応預けはしたんだけど」
「知っとうで? でも直接貰うのと人伝てではわけが違うやん」
「ごめんね。直接渡したかったんだけど」

 カウンターの上に置かれた腕を枕にしてむすぅ、とした顔を乗せる侑くん。その口先が尖っていたので、申し訳ないことをしたなと反省する。確かに、招待してもらったくせにお礼の品を直接渡さないのはちょっとルール違反だったかもしれない。侑くんのことを考えれば、密集地帯から逃げずにいるべきだった。

「本当にごめん。次は必ず手渡しするから」
「ほんま?」
「約束する」
「次も来てくれる?」
「チケットが取れる限りは」
「チケットは俺がどうにかする。せやから来れる時は来てくれる?」
「……ちょっと申し訳ない気もするけど。どうしてもの時は力を借りてもいいかな」
「うん! それやったら差し入れは要らんから、ちゃんと声だけはかけて!」
「えっ」

 差し入れも持たず呑気に話しかけるのはちょっと、と返事にまごつけば「もちろん、なまえちゃんがあげたいと思うた時はちょうだい。俺かてなまえちゃんからのプレゼント欲しいし」と欲望を丸出しの状態で言い直され思わず笑ってしまう。

「私はツーショットもサインも貰えたしね」
「また欲しい時は言うて」
「うん。……あ! さっきそこでサムくんに写真も撮ってもらったんだ」
「あぁ、サムにせがまれて書いたサインか」
「だぁれがせがまれてじゃ。お前が“サイン考えた!”言うて押し付けてきたんやろがい」
「なっ、違っ、」

 店先から帰って来るなり侑くんにとって手厳しい指摘を行うサムくん。その言葉を受けて侑くんを見ながら「サイン、なんパターンくらい考えたの?」とにやければ、「最終2パターンで悩んで……って、ちゃう! あれはサラサラ〜と決めたサインっちゅう設定があんねん」とボケなのか本気なのか微妙なラインで答えを返された。

「サインの話はええねん! それよか今日の試合! どうやった?」
「すごかったよ! 日向くんの暴れ回る感じも、木兎さんの“木兎ビーム”も、すっごく楽しかった!」
「俺のセットアップは?」
「侑くんのセットアップもすごかったと思う」
「えぇ。そこは言い切って欲しいわ」
「ごめん、まだ初心者だからセッターの技術まであまり分からなくて……あ、でもサーブ! サーブはものすっっごかった!」
「せやろ? せやろ? 俺すごいやろ? 俺のサーブはトップレベルやから」
「いうて2位やけどな」
「うるさい。曖昧な方がええこともあんねん」
「そんなふわっとしたランキング、なんがすごいん」
「わかっとんねんっ! 1位以外全員ビリや!」

 今度は拳を作りドン、とカウンターを叩く侑くん。世の中順位が全てやないやろ……と萎んでゆく声色に慌てて「わ、私が生で観たサーブでは1番すごいよ」とフォローを入れれば、途端に侑くんの顔がぱぁっと輝きだす。良かった、何かしらで1位を獲れたというのは効果があったようだ。

「なまえちゃんにとっての1位俺!?」
「うん、1位は侑くんだよ」
「ほんまぁ〜!? むっちゃ嬉しい。次の試合、サーブで1セット取ったるな」
「え、それは無理な気が」

 今の俺なら出来る! と意気込む侑くんを笑い、今日の試合について話を広げていると「おいツム。無駄口ばっかやないで早よ注文入れぇ」とサムくんからの注文が付いた。その言葉にハッとして「すみません……!」と慌てる私にサムくんは「なまえさんはゆっくりええですよ。このアホに掴まっただけですし」と微笑みを向けてくる。

「ツムは早よ食って早よ帰れ」
「そない冷たい言葉投げんでもええやん! 血の繋がった兄弟やぞ」
「んで注文決まったんか」
「ネギトロ」
「即答かい」
「あかんのか?」
「別に」
「はぁ? そんならいちいち突っ込んでくんなや。なんもボケてへんぞ」
「うっさい顔がボケとんじゃ」
「お前に言われたない」

 この双子、ボケながらツッコミながらじゃないと会話出来ないのだろうか。傍で聞く立場にもなって欲しい。笑い過ぎてお腹が痛くなる。目尻に浮かんだ涙を拭いながら「周りの人大変だっただろうな」と呟けば侑くんが首を傾げて見つめてきた。……いやだからそういう所だって。これだけボケツッコミ合戦してるくせに“なんで?”みたいなきょとん顔やめて欲しい。

「お前のおもんないボケ処理大変やったやろうなて意味やろ」
「はぁー? お前尾白アランを知らんのか? あのキレのあるツッコミを知らんのか」
「知っとるわ。俺かてアランくんにぎょうさん突っ込まれたわ」
「俺のが多いけどな」
「いや俺やろ」
「あの、アランくんってサムくんが言ってた憧れの人?」

 さっきから何度も名前が出るので気になって話に入れば、「そうです。アランくんも同じバレー部でした。ちなみに北さんも」とサムくんが懐かしむように答えてくれる。……え、同じ部活ってことは……。

「サムくんもバレーしてたんですか?」
「あれ。言うてませんでした? 高校までずっとバレーやっとりました」
「そうなんだ……! じゃあ侑くんとサムくんのコンビプレーとかも?」
「まぁ。色んなことコイツとやりました」
「知らなかった。……サムくんのプレーも観てみたかったなぁ」

 私はまだニワカに毛が生えただけの人間なんだな。どうしてもっと早くバレーに興味を示さなかったんだろう。勿体ない人生の歩み方をしてきた気がして、少しだけ後悔が身を襲う。

「でもまぁ。俺はバレーをやっとらん今の生活もじゅうぶん楽しいです」
「ふふっ。見ているとそう思います」
「80歳までコイツと競わんとあかんし。良かったらこれからもここに来たって下さいね」
「競う?」

 顎でしゃくられた侑くんは「負けへんぞ」とメラメラ対抗心を燃やしている。80歳まで競うって、一体どれだけの長期戦なのだろうか。

「くたばる時、“俺の方が幸せやった”て言うたるんです」
「なるほど。それは負けられないですね」
「サムには絶対負けられへん。せやからなまえちゃん応援して」
「どっちも応援します」
「そこは俺を1番に応援して。お願い」

 懇願するような口調でしなだれてくる侑くんをサムくんと目を合わせて苦笑し合う。侑くんがバレーを幸せそうにしてる姿を観るのも好きだけど、こうやっておにぎりを幸せそうに握るサムくんの姿を見るのも好きだから。

「ごめんね。どっちも平等に応援したい」

 ここだけは譲れない。

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