ぼくら奇跡の星生まれ

 夢のような時間はあっという間に過ぎるもので。
 泥団子くんと再会したかと思えば、彼は日本を代表するスーパープレーヤーになっていて。遠い場所に行ってしまったと少しだけ寂しくなっていれば、こんな近場で再会を果たし。なんだかあっという間過ぎて、もはや夢なのでは? と疑いそうになる。

「夢じゃない」
「何してんのなまえちゃん」
「痛いなぁと思って」
「ん??」

 おにぎりをたらふく平らげたことによる満腹感が、その気持ちを助長させている。暖房の効いた店内で出来立てのおにぎりを食し、締めの緑茶で喉を潤せばここは天国に近い夢の世界な気がして、思わず頬を抓ってみた。結果は鈍い痛みが頬を覆うだけで、今起こっていることを現実として受け入れるには弱すぎる。

「本当に泥団子くんなのかな」
「泥団子??」
「……あの、侑くん」
「何?」
「訊きたいことがあって」

 確信を得る為に本人に訊いてみようと侑くんに向き合った時、「ツム。そろそろ夕方のピーク来る」とサムさんの声が遮った。その声にハッとした侑くんは「せやな。ほんならそろそろ帰るわ」と席を立つ。夕方のピークが来るということは、これからこのお店は忙しくなるということ。私もいつまでも居座るわけにいかない。

「あ、じゃあ私もお勘定お願いします」
「ありがとうございます」

 サムさんに勘定を申し出ると、「ええよ。ここは俺が払う」と侑くんが名乗り出た。その言葉に目を見開いたのは私だけでなく、サムさんもだった。“俺が払う”というのは、私の分も――ということだろう。さすがにそれはファンサが過ぎると慌てて喰い下がるも、「ええって。大事なファンへの未来投資やし」とあまりにも太っ腹過ぎる言葉を返された。

「ありがとうございます。合計で80万円です」
「ハァ!? そんなに食うてへんぞ」
「お客様には今までのツケがこざいます」
「いやそうやとしてもおかしいわ。おにぎりで80万円て! どんだけ食うたらそないな金額になんねん! ぼったくりやろ!」
「…………」
「“何このクレーマー”顔すんな! 出るとこ出たら勝つのは俺やぞ!」
「申し訳ありませんお客様。金額を間違えておりました」
「せやろ。いくらや? 言うて」
「税込みで88万円です」
「なんっでやねん!! 律儀に言い直すとこちゃうやろがい!!」

 2人のやり取りにゲラゲラと笑い声をあげてしまう。この双子、ボケとツッコミが反対になってもめちゃくちゃ面白い。というか息ピッタリだ。もしこの2人が同じチームだったら、きっとすごく息の合ったコンビネーションが見れたんだろうな。
 ふざけたやり取りを交わしながらも2人は正規の金額を払い、正規の金額でおつりを渡し、無事に会計を済ませてみせた。

「また来てやる」
「次来る時は“サーブが決まらん”とか、泣きごと言うんやろな」
「いつの話しとんねん。……そしたらなまえちゃん行こか」
「えっ。あ、はい。……サムさん、ごちそうさまでした。おにぎりとっても美味しかったです!」
「……そら良かったです。また今度ゆっくり出来る時にでも来たって下さい」
「はい!」

 サムさんにお礼を告げ、店先に侑くんと2人で出る。店内と外との温度差に思わず肩を震わせ、上着を寄せ合う。冬間際の寒さは気持ちを現実に戻すのに打ってつけだ。冷静に考えてみれば、侑くんが所属するチームに出店しているおにぎり屋の名前に、“宮”が付いている時点で分かったことだったのに。全然結びつけることが出来なかった。どうもここ最近の私は気持ちが落ち着かない。

「ほな行こか」
「え?」
「帰り、電車ちゃうかった?」
「いえ、電車で来ました。……けど、え? 行こかって……」
「せやから駅。一緒に行こ」
「で、でも……」

 侑くんはあの時のように“近所の子供”では済まされない。もし侑くんを知っている人に出くわしでもしたら、たちまち大騒動を引き起こしてしまうのだろう。だって彼は“オリンピック選手”なのだから。……そうか、侑くんはこんなにも大きい存在になったのか。

「やっぱり夢みたい」
「せやろ? 俺も普段は支度時間にしか行かへんし、あそこで俺に会えるんはゲキレアやで」
「や、やっぱり駅まで一緒に行くのはちょっと……。私と一緒に居るとファンの人にあらぬ誤解をさせそうだし……」
「大丈夫やって。帽子にサングラスにマスクまでしとるし。バレへんよ」
「……それはそれで不審者みたいだね」
「なっ、」

 誰が不審者やねん! というツッコミはマスクのせいでぼそぼそと聞こえるし、その状態で興奮されると余計に不審者に見えてしょうがない。……だめだ、見れば見る程そう見えてきて笑いが止まらない。そうして笑い続けていれば、その声につられたのか侑くんも同じように目を細める。

「やっぱり笑った顔は変わらないね」
「なぁ、さっきから懐かしむ感じのことばっか言うてるけど。何、俺らどっかで会うたことある?」
「……忘れてても仕方ないよね」
「忘れる?」

 さっき名前を告げた時、侑くんは初めて聞いたかのような反応だったし、なんとなくは察しがついていたことだ。

「昔、親戚の家に行った時に近くの公園で遊んだことがあって。その時一緒に遊んだ男の子が多分侑くん――……あれ。待って。私、あの時名前ちゃんと聞いてない」

 テレビで見た時、“泥団子くんは侑くんに違いない”と思ったけど侑くんが双子と分かった今、その確定は揺らぎを見せる。もしかしてあの時私が一緒に遊んだ泥団子くんは――

「あぁ、思い出した! あん時の子か!」
「! うそ、じゃあやっぱり侑くんが?」
「あー、覚えとう。たった1日やったよな」
「そう! そうなの! 私ずっとちゃんと“バイバイ”って言えなかったの後悔してて……良かった、やっぱり侑くんだったんだ」
「泥だらけになって。楽しかったな」
「……! うそ、ゆめみたい……」
「ははは。なまえちゃん俺と初めて会うた時より感動しとう」
「だって……泥団子くんに会いたかったから……」
「……そうか。“宮選手”やない俺に会いたいて言う人、初めてや」
「あ、ご、ごめん……」
「んーん。ええよ。俺も会いたかったし」
「侑くん……」

 どうしよう。今でこそ夢みたいだと思っていたのに。更に信じられない出来事が起こって思考がショートしそうだ。泥団子くんとこうして再び言葉を交わすことが出来るだなんて。嬉しすぎて胸が痛い。

「でも。今の俺は“宮選手”でもあるし。良かったらソレを見て」
「どういう意味?」
「せやから、また試合に来てって意味」
「なるほど。それはもちろん! おにぎりも奢ってもらったし」

 大きな頷きを返せば、侑くんは満足そうに笑い「そういうことやったら俺も“泥団子ちゃん”とのツーショット欲しいわ。ライン交換して」とスマホを差し出してくる。そうして無事に連絡先を交換し合い、互いの名前を“泥団子くん”“泥団子ちゃん”にし、けらけらと笑い合った。

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