侑くんとサムさん

 人生初観戦となったバレーの試合。正直誰がどうとかはさっぱりだったけど、侑くんのポジションくらいは知っていたし、軽くルールを知っている人なら誰でも楽しめるような、そういう時間だった。

 事前に貰っていたパンフレットを見ながらプレーヤーと選手名を照らし合わせ、時折入ってくる手拍子や掛け声に一緒になって参加していれば、おのずとバレーという世界に入り込むことが出来た。
 侑くんはセッターとしてだけではなく、スパイクやサーブでも活躍しまくっていて、彼が点を獲る度に観客は大盛り上がりをみせた。そんな試合もブラックジャッカルの勝利で幕を閉じ、MVPに選ばれた侑くんのインタビューも終わった所でクールダウンを行なっている場所に近付いてみた。けれど、コート外に立ち去る時も侑くんは観客に囲まれていて、声をかけることなんてままならず。

 あの日2人きりで遊んだことが幻だったかのような侑くんの人気っぷりに、まぁそうだよな――と少しだけ寂しい気持ちを抱えながら帰宅したあの日。それでも、あれからすっかりバレーにはまり今では動画配信で試合を観ることもある。
 いつかまた侑くんときちんと話すことが出来たら。侑くんもあの日のことを覚えているか訊いてみたい。……きっと覚えてないだろうけど。そんなことをぼんやりと思いながら、画面の向こうで丁寧にボールをセットする侑くんを見つめる。あの日大きいと思った泥団子よりもおっきなボールを両手でしっかりと支える侑くんは、今日もあの日も楽しそうに笑っている。

―次は――……

 電車のアナウンスでぷつりとスマホの画面を切る。見逃し配信の動画だし、いつでも好きな時に再生したり巻き戻したり出来るのは便利の良いものだ。文明の利器のありがたみを感じながらスマホを鞄に収納し、降り立つ駅。スマホの代わりに取り出したチラシを広げ、そこに載っている地図を頼りに歩き出す駅構内。今日の目的地はあの日食べたおにぎりだ。あの時既に売り切れてしまっていた具もあったし、今日はおにぎりを食べる為の胃の準備も万端だ。さて、今日は何を食べようか。

「こんにちは」

 平日を選び、さらには時間帯を少し遅めにしたおかげか“おにぎり宮”は割とすんなり入ることが出来た。カラカラと音を鳴らしながら開けた戸の向こうで「いらっしゃいませ」と耳馴染みのある声で出迎えを受ける。

「なんにしますか」
「えっと、味噌とごまとうめとすきやきと……」
「ブハッ! 食い過ぎやろ」
「…………ぇ、」

 メニュー表をガン見しながら注文を入れていると、これまた聞いたことのある声から思い切り笑われてしまった。その声に“確かに注文入れ過ぎた……!”とハッとしながら視線を声の出所へと向けた瞬間、思わず蚊の鳴くような声が零れて出た。

「あ、侑くん……!?」
「どーも。宮侑です」
「えっ、えっ!? な、なんでここ、」

 待って欲しい。状況が読み込めない。今目の前に居るのはあの日遠くから眺めるだけだった侑くんで、でも私は侑くんに会いに来たんじゃなくて“おにぎり宮”に来たわけで。……待った。おにぎり“宮”? まさか……まさかここって……。

「実家?」
「フハッ! 実家か。んまぁ、そんなとこやな」
「そんなとこやあらへんし。なんやツム、ガチもんのボケか? 俺らの実家の住所、教えたろか?」
「なんやねんサム! お前の店は俺のホームやろがい!」
「ちゃうわ。俺のホームや。ここが俺の本拠地で、ツムからしてみたらアウェーや」
「いやアウェーではないやろ」
「……えっ、あの……えっ。えっ」

 待っっっって欲しい。今私の目の前では何が起こっている? 侑くんが2人? もしかしてどっちも違う? いやでもさっき自分の名前は宮侑で合っているというような反応だったから、カウンター席に腰掛ける彼は侑くんで違いない。……じゃあ、カウンターの向こう側で私の注文したおにぎりを握っている彼は一体……?

「あら。俺ら双子やねんけど。知らんかった?」
「ふ、双子!? 侑くんが双子!?」
「ははーん。さてはニワカさんやな」

 私の反応が新鮮で楽しいのか、「ここ座り。ものっそいファンサしたるし」と笑いながら隣の席をポンポンと叩く侑くん。訳が分からないまま言われた通り腰掛け、尚も2人の間で視線をきょろきょろと行き来させれば「ウチのことは試合で知ってくれはったんですか?」と侑くんの片割れさんが尋ねてきた。

「えあハイ。この前初めて試合に行った時に」
「そうですか。ありがとうございます」
「でも、出店には居らっしゃられなかったような……」
「あぁ。もしかしたら俺が席外しとう時に来てくれはったんかもですね」
「な、なるほど……」
「今日はわざわざ足運んで貰うてすんません」
「い、いえ! とっても美味しかったので、今日は出来たてをいただきに来ました」
「もうちょっと待っとって下さい。すぐ作ります」
「は、はい!」

 片割れさんに微笑まれ、思わず肩がビクっとなる。……この2人、本当に顔がそっくりだ。思わず片割れさんの顔に見惚れていれば「サム! 俺のネギトロがまだやんけ!」と眉を吊り上げた侑くんが片割れ――サムさんに突っかかる。

「うるさい。ツムは毎回タダメシやねんから黙って待てしとけ」
「無理や! 俺かて少ない時間縫うてきてんねんぞ」
「お前ファンサしたるんやなかったんか」
「そうやった! きみ――えっと、名前は?」
「みょうじです! みょうじなまえといいます!」
「ほぉん。なまえちゃんな。サインがええ? ツーショットがええ?」
「えと、その、」
「遠慮せんでええって。こっからほんもんのファンになってくれたらええんやし」
「あ、ありがとうございます」

 色紙ないし、ツーショやなと言いながら私のスマホを受け取りカメラを起動させ、角度バッチリな状態で写真を撮ってくれた侑くんは「差し入れとか俺はいつでも大歓迎やから」とにこやかに微笑む。大人になった侑くんのことはコートの中でしか知らなかったから、ちょっと違う人のように見えていたけれど、今こうしてニカっと笑う姿はあの公園の時の顔と似ている。

「また必ず、会いに行きます」
「うん。待っとるで」

 2人して頷き合い口角を上げた所で「お待ちどうさんです」と差し出された2つのお皿。片方は私の注文したおにぎりが乗っていて、もう片方には侑くんが注文したおにぎりが乗っている。

「えっ、侑くん食べ過ぎでは……」
「ええねん。ここで食べたもんは全部筋肉になるねんから」
「あほらし」

 侑くんの言葉にサムさんが突っ込むのがこの双子の流れらしい。そんなやり取りにふふふ、と笑いながら侑くんの真似をするように大きな口でおにぎりを頬張る。

「やっぱり美味しい」
「ありがとうございます」

 あ、やっぱり。侑くんとサムさん、笑った顔似てる。

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