「……て、なまえさん? 今日ツムと一緒て聞いとりましたけど、」
「なんでですか」
「え?」
「なんで、ずっと黙ってたんですか」
侑くんと別れたその足で電車に飛び乗り駆け出した先。その間にぐるぐると色んな考えが頭を巡り、色々と分からなくなっておにぎり宮に辿り着いた頃には怒りに近い感情になっていた。
「黙、るて……何をですか」
「侑くんのことを責める気にはならないです。だけど……それとこれとはまた別の感情っていうか……なんかもう、自分でもよく分からない」
「なまえさん?」
「侑くんの為を想って黙ってたんですよね。サムくんはなんだかんだ言って侑くんのこと大好きだから」
頭では分かってる。サムくんの愛情の深さも、侑くんのことを応援したいという気持ちも。全部分かってるし、サムくんがどうしてそうしたかも理解出来る。……だけど分からない。
「私との思い出も大事にして欲しかった」
「……、」
「ちゃんと“それは俺の思い出や”って抱えていて欲しかった」
「なまえさん、」
「私がどれだけ会いたかったか、サムくんは分かってない」
走ったせいで息は切れるし、色んな感情が溢れるせいで頭は痛いし、伝えたいことはこんなことじゃないのに。口から出てくる言葉は文句ばかり。「サムくんのばか」こんな子供染みた言葉が口から吐いて出た時には瞳からぽろぽろと涙まで溢れ出てしまった。
「……泣かせたなかったのに」
「無理だよ。悲しくて嬉しくて堪らないのに、笑うだけなんて出来ない」
「そうよな。すまん」
作業場から出てきて私に近付くサムくん。ふーっと息を吐き、観念したように額を掻いて呟く声。その声にはどこか嬉しさが滲んでるようでムッとする。人の気も知らないで呑気な人だと睨んでやろうとその顔を見上げた時、堪らず涙が瞳から落ちてゆく。……あぁもうずるい。もっとたくさん怒りたいのに、そんな顔されちゃ何も言えない。悲しいやら寂しいやらむかつくやら嬉しいやら……。言葉で言い表すには足りない感情たちが雫となって溢れて出てゆく。
「どうか、ツムのことは許したって下さい。アイツも苦しかったはずやし」
「許すも何も。侑くんには怒ってません」
「……じゃあ、なまえさんを泣かせたのは俺1人やな」
サムくんの温かい手がそっと瞳に触れ、落ちてゆく感情を丁寧に拾いあげる。……そうだ。全部、サムくんのせいだ。サムくんただ1人にだけ、この気持ちをぶつけたい。
「サムくんにとって、あの砂場は侑くんよりも大事な思い出にはなれなかった?」
「……何よりも、1番大事やった」
「……じゃあどうして伝えてくれなかったの」
「大事過ぎるから。傷1つ付けたなかった」
私を見つめるサムくんの目が優しくて、その瞳に真っ直ぐ見つめられることが心地良くて。……ようやく真っ直ぐ見つめ合えたことに堪らなく幸せな気持ちになる。色んな感情が抜け落ち、その隙間を埋めるように心の中が愛おしいという気持ちで満たされてゆく。
「そやけど、こんな風に泣かせてしもうて。俺はしょうもない男や」
「でも私は……そんなサムくんが好き。……大好きっ」
サムくんに対する想いを総称するに相応しい言葉が口から出た瞬間、体全体を力強い腕で抱きすくめられた。……あぁ、もう。……堪らなく好き。大好き。それ以外の言葉が見つからない。
「もう泣かんといて。なまえさんの泣き顔見たくない」
「無理だよ、止まんない」
「そうよな。……その責任は俺にあるな」
「そうだよ。……だから、泣き止むまでずっと一緒に居て」
「うん。……もう居らんくなられんのは嫌やし、俺がずっと傍に居るわ」
「……ごめん」
「ほんまやわ。結局泥だらけになって怒られるし、次の日からパッとなまえ居らんくなるし」
「あの日、ちゃんと“バイバイ”って言えなかったのずっと後悔してた」
「俺がどれだけ探したと思うとん」
ぎゅう、と籠められる力は苦しいくらい。だけど、離して欲しくはないし、離れたくもない。言えなかった“さよなら”を言わなくて良かったと思う。ずっと心残りとして後悔し続けたおかげで、再会出来たのだから。腕の力が緩み、2人の間にほんの僅かな隙間が出来る。まだ少しだけ涙で瞳が濡れているけれど、気持ちは晴れやかだ。
「ずっと、好きやった」
「……うん」
「誰よりも。なまえのこと、大好きやった」
大好きな人と同じ大きさで想いが等しくなるというのは、こんなにも満たされるものなんだと初めて知る。じっと見つめ合った後、どちらからともなく吹きだし笑い合う。泣いたり笑ったり色々と忙しいけど、その全ては幸せに通じる感情だから、抑えはしない。
「泥団子の話やけど、」
「……うん」
「俺やったら真っ二つにしておにぎりにするわ」
「ふふっ。だろうね」
「俺の初恋な、砂場やったんよ」
「……私も」
後悔も心残りも全て。サムくんが好きという結果に変わる。そうして繋がる今は、二度と切れることのない縁で固く結ばれるのだ。