今に辿り着く

 侑くんの運転で辿り着いた先は侑くんの地元。「なまえちゃんを俺の地元に連れて来たくて」と言いながら案内されたカフェは海が臨めるお洒落な作りで。北ファームで見た景色も素敵だったけど、都会に溶け込む海もとても綺麗だ。

「すごい、こんなお洒落なお店初めて来たかも」
「そんなら良かった。俺、インスタでめっちゃ必死に調べたもん」
「うっそだぁ」

 侑くんはきっとモテてきただろうから、こういう素敵な場所には何度も行ったのだろうとジト目を送れば「ほんまやで」と真顔で返された。

「……ふふっ。タグとか血眼になって検索してる姿想像しちゃった」
「うわ、人の努力笑うとか趣味悪いわ。臣くんから白い目で見られるで」
「ごめんごめん。一生懸命調べてくれてありがとう」

 一生懸命調べた上で連れてきてくれたお店は、文句なしに美味しくて。パスタもケーキもペロリと平らげ締めのコーヒーで満腹の溜息を吐く。たまには洋食もいいなぁ、なんて。そう思うくらいには私の外食先はおにぎり宮になっている。

「お腹いっぱいになったことやし、ちょっと海行かへん?」
「海? 寒くないかな?」
「大丈夫。こうなることを見越して車にブランケット積んでる」

 グッと親指を立てて準備の良さをアピールしてくるけど、このプランを組んだ張本人なので見越すも何もない気がする。こんなこと言ったら侑くんは拗ねそうだから言わないでおくけれど。……それに、一生懸命考えてくれたデートプランを笑うのは失礼だ。

「じゃあ行こう」
「うん! はよ行こ!」

 私も、侑くんの笑った顔は好きだな。



「寒っっ!! 誰、砂浜歩ことか言うたの!!」
「私の隣に居る人」
「あかん、無理寒い。もう歩かれへん」

 海の上を這って届く風は体の熱を確実に奪ってゆく。真冬とはいえないけどこの寒さは結構こたえる。砂浜にしゃがみこんだ侑くんにブランケットをかけると「なまえちゃんが使うて」と押し返されてしまった。

「侑くんは体が資本だし。侑くんが使って」
「あかん。ブランケットを1つしか持って来んかった俺の責任や。このアホて罵って」
「じゃあ一緒に使お」

 1つのブランケットを分け合い海をぼうっと眺める。立って歩くより1つのブランケットに包まって座っていた方がずっと暖かい。なんか……これは……ものすごく、「デートみたい」……私も、侑くんと同じことを思った。

「ええなぁ、こういうデート」
「侑くんモテただろうし、さっきのカフェもこの海も誰かと来たことあるって思ってた」
「そんなんせえへんよ。なまえちゃんと行く場所は全部、なまえちゃんと初めて行きたいもん」
「……ありがとう、」
「あっ、ときめいた? 今、ちょっときゅんってなったやろ?」

 そう言って顔を覗き込んでくる侑くん。その距離の近さにビックリして後ろによろけければ、慌てて抱き止めようとした侑くんもバランスを崩し2人して砂浜に倒れ込む。太陽を遮るように佇む侑くんの顔。じっと見つめられる視線が熱くて、太陽を直視するよりも眩しい。数秒見つめ合う間、波の音だけが響く。射抜かれたように離せない視線が苦しくて、逃げるように瞼で覆えば一瞬瞼の向こう側に影が落ちた。

「……怪我してへん?」
「大丈夫、ごめんね」

 その影が離れて行くのと同じタイミングで抱き起され、頭に付いた砂をぽんぽんと払われる。その手がとても優しくて、大事にしてもらってることが伝わってきて、堪らなく泣きそうになった。

「……もう1つ行きたい場所があんねん」
「どこ?」
「今から行こう」

 差し出された手を握り返せばその手はとても冷たくて、また胸にじんわりと悲しい気持ちがこみ上げた。



「ここ……」
「なまえちゃんと初めて会うたとこ」
「懐かしい。こんなにこじんまりとした公園だったっけ」
「あの頃はもうちょい広く感じたよな」
「うん。……砂場、まだあるんだ」
「楽しかったな」
「うん。すっごく楽しかった」
「次の日もここに来たけどなまえちゃんは居らんくて。何ヶ月も会いに行ったけど二度と会えんくて、もう諦めようて思うた」

 砂場にしゃがみこんで砂をぎゅっと掴む侑くん。その手を広げれば、指の間から砂が零れ落ちてゆく。砂を見つめる侑くんの瞳は優しい。けれど、陽が落ちだしてすぐそこに見える夜の気配と調和するように陰っているようにも思えて少し悲しくもなる。

「またこうして会えるやなんて。……運命としか思えんやん」
「侑くん?」
「なんで見つけるんやろうな」
「えっ」
「運命とか、信じたないねんけどな。ほんまは自分の力で手繰り寄せたかった」
「あ、侑くん……どうしたの?」

 侑くんの声が夜に紛れるように小さく落ちてゆくから、不安になって顔を覗き込めば侑くんの瞳は心なしか潤んでいるようにも見えた。その表情に息を呑んだのも束の間、ぱっと顔色を変えて「そろそろ帰ろか」と言って砂を払い立ち上がる。差し出された手をさっと取れば、力強く引っ張り上げられてそのまま体を抱き締められた。

「あつむく、」
「最初で最後。今だけでええから……」

 今日の侑くん、やっぱりちょっといつもと違う。何十年と時が経ったこの公園で、侑くんだけが子供のように小さく見えて。背中に回した手をあやすようにさすれば、侑くんの腕の力がぎゅっと強くなるのが分かった。



「今日はものすっごい楽しかった!」
「私も。侑くんたちの地元にも行けたし、カフェも海も……公園も。行けてよかった」

 すっかり陽が暮れた頃。自宅前でハザードを焚いて車を停車させ、にっこりと笑う侑くん。さっきの公園での姿はもうどこにも見当たらない。いつも通りの侑くんがそこに居て、安心するような、すこし心配になるような。だけど、侑くんはそんな心配は要らないというような顔つきで「なまえちゃん」と私の名前を呼ぶ。

「なまえちゃんの初恋は、泥団子くんやんな?」
「……うん、」
「俺、“初恋やからなんや”って思うてた」
「えっ」
「それは今でも思う。初恋やから実らせんとあかんとか、そんなルールないし」

 確かに、そんなルールはない。でも、あの思い出が今の私を作っているわけだし、あれがなかったら侑くんのことを見つけだすことも出来なかった。だから侑くんにそんな風に言われると心が痛い。

「なまえちゃん、俺のせいでそれに囚われとうよな」
「……え?」
「なまえちゃんは泥団子くんが俺やから本当の気持ちを真っ直ぐ伝えることが出来てへんのやろ」
「本当の気持ち……?」

 侑くんの瞳がじっと私を捕らえる。その目は私の迷いも、戸惑いも、揺らぐ気持ちも――その奥に居座る本当の気持ちをも見抜いている。

「なまえちゃんが“今”好きなのは誰?」
「そ、れは……」

 初恋の相手が侑くんだったとして。その想いを思い出として抱え生きてきた今、私の心に居るのは――「……サムくん、」ただ、1人。

「ごめん、侑くん。……私、サムくんが好き」
「……こんなこと言うといてアレやけど。やっぱ初恋の相手て強いと思うわ」
「えっ……どういう意味?」
「俺、めっちゃ卑怯な手使った上に完敗や」
「卑怯?」
「ずっと嘘吐いてた。ほんまにごめん」

 つむじが見えるくらい頭を下げて謝罪の言葉を口する侑くん。対する私の脳内は軽くパニックを起こし、心臓は早鐘を打ちまくる。

「それって……」
「今まで騙してごめん。けど、なまえちゃんのこと、俺は本気で好きやった。……これだけはどうか信じて下さい」

 抱き続けた疑惑が確信に変わりかけている今、一刻も早くサムくんのもとに駆け寄りたい。……だけど、侑くんのことを放って行くこともしたくない。“信じて欲しい”と願う言葉にどれだけの悲痛さが籠っているかなんて、目を見れば分かるし、侑くんの想いが本物だったのは“侑くん”と触れ合ってきてじゅうぶん伝わっていること。

「私のこと、好きになってくれてありがとう。たくさん楽しい思い出をありがとう。……本当の気持ちに気付かせてくれてありがとう」

 侑くんの嘘を責める気持ちにはならない。この嘘にはきっと色んな過程が含まれているはずで、その過程の結果が“今”になっているのだから。だから、侑くんにはたくさん“ありがとう”という気持ちを伝えたい。

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