この涙に気付かないでね

 レッドファルコンズとの試合はフルセットまでもつれ、最終セットはデュースに次ぐデュースでどうにかブラックジャッカルが辛勝した。
 最後のプレー、あの二段トスをスパイカーの求める位置にぴったりとセットしてみせた侑くんのトスワークが決め手になったことは、素人でも分かった。サムくんも「気持ち悪いくらいや」と眉根を寄せながら褒めていたし、MVPに選ばれるのも納得の結果だった。

「今日の試合も見事な活躍でした」

 インタビューが始まり、それを見つめているとサムくんが「どうせ猫被ったこと言うんや。すぐ化けの皮剥がれるくせに」と隙あらば侑くんを貶す。確かに侑くん、インタビューの時は心なしかサムくんのフリをした時みたいな王子様キャラになってるような気がする。

「みなさんの応援あってこそです――とか言うんやで。“敗者に拍手なんか要らん”とか言うてたくせに」
「ふふっ。今でも負けた時顔がそう言ってる気がします」

 アイツは分かり易いんじゃ、と苦笑するサムくんを笑っている時、「今日は絶対負けられませんでしたから」と常套句ではない言葉がテレビから流れ込んできた。

「あ、いつも負けられませんよ。せやけど今日の試合は勝ったら“ご褒美”があるんで」
「ごほうび、ですか」
「ものっそい楽しみですわ」
「一体どんなものでしょうか?」
「んー。ナイショです!」

 気になるワードを放ったせいでインタビュアーから追撃を受けるはめになったのに、侑くんはそれをものともせず楽しそうにインタビューを躱し続けクールダウンを行うチームメイトのもとへと駆けていった。……今日のインタビュー、王子様キャラなんかじゃなくていつも一緒に居る“侑くん”そのものだったな。

「一体何をしてあげるんですか」
「え、」
「ご褒美てなまえさん関係のことですよね」
「えっと……もし勝ったらその、デートしようって約束、はしました……」
「なるほど。そやからアイツ今日キレッキレやったんか」
「いやでもご褒美がそれとは限らないし、」
「いいや。絶対そうや」
「そ、うですかね」

 分かり易すぎんねんと呟くサムくんの眉根がいつも以上に寄っている気がして、怖くて顔を見ることが出来ない。……違う。サムくんが怖いんじゃなくて、サムくんにデートのことを知られるのが怖いんだ。侑くんとの距離が近付けば近付くほど、サムくんとの距離が離れることが怖い。

「……私、わがままですね」
「ん?」
「分かんない……分からない、」
「…………すみません」

 自分の気持ちがぐちゃぐちゃになってゆく気がして、そんな自分が嫌になって。いっぱいいっぱいになって零れ出た本音に、サムくんは私より泣きそうな顔を浮かべて謝罪を口にしてきた。どうしてサムくんがそんな顔をするんだろうとじっと顔を見つめると、サムくんも私の顔を見つめてくる。……サムくんは今、何を考えているんだろう。知りたい。サムくんの気持ちが知りたい。

「プリン、食べましょうか」
「あ……はい」

 だけど視線は1分も合わさることなく。すぐさま逸らされいつも通りの口調で話を変えられてしまった。なんだか逃げられたような気がするのは、私の思い過ごしだろうか。



 侑くんとの約束を果たす為に取った有休。平日に休みを取る為に調整をしていたせいで思ったよりも先延ばしになってしまった。おにぎり宮にもここ数日足を運べていないし、侑くんとのラインもポツポツ交わす程度だった。前まではそれらすべて私の日常になくて当たり前だったのに、今ではそれがないことが不自然と感じられるくらいだ。

「なまえちゃん! 久しぶり!」
「侑くん! 今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。はい、乗って〜!」

 今日は少し足を伸ばそうということで侑くんが車を出してくれることになった。家の前に現れた車は私の稼ぎでは到底手も出なさそうな高級車で、“あぁ、さすがオリンピック選手だな”と感嘆の息が零れた。しっかりとした革製の席にちょこんと座った途端芳香剤の良い匂いとお洒落な音楽が漂って来て思わず「若者だ!」とはしゃいでしまった。

「わかもん?」
「……あ、ううん。なんでもない。今日はどこに連れて行ってくれるの?」
「俺がご褒美やと思うとこ」

 ニッと口角を上げて車を発進させる侑くんにまた1つ心臓が高鳴る。これがもっと単純な痛みだったらよかったのにと思う気持ちに慌てて首を振って「インタビュー、びっくりしたよ」と笑えば「ネット騒がしてもうた」と舌を出す侑くん。

「アランくんとも勝ったら焼肉連れて行って貰う約束しとってな。アランくん、“俺とのメシそない楽しみしとってくれたんか”て嬉しそうにインスタ上げてん。そのおかげで大騒ぎにはならんかったわ」
「アランさん、隙あらば突っ込んでたよね」
「あはは。俺も隙あらばボケまくってた」
「明暗さんに怒られてたよね」
「うわっ、そんな所まで抜かれてたん? はっず」

 片手で額を押さえる侑くんに「面白かったよ」と伝えれば「面白かったんやったらええけど」とすぐさま立ち直るから、それにまた笑って。笑う私をチラリと見た後、「やっぱご褒美や」と言いながら侑くんの顔も綻ぶ。

「俺、なまえちゃんのころころ変わる表情が好きやねん」
「好……そ、」
「可愛ええなぁ、ていっつも思う」
「う……あ、ありが、とう」
「はは。照れた顔も可愛えぇ」

 信号待ちなのをいいことに、顔をずいっと寄せて「ほっぺた、まっかやな」と意地悪な指摘をしてくる侑くんをキッと睨めば「俺の言葉、まだ慣れてへんね」とドヤ顔を決められてしまった。

「いつまでも新鮮味のある俺」
「そうだね。ピチピチだね。カジキだね」
「カジキええやん。格好ええ」
「横文字だしね」
「横文字なんか? あれ」

 急に冷静な疑問を浮かべるからあまりのギャップに思わず吹き出してしまえば、侑くんもそれがおかしかったのか「ブフッ……なまえちゃん、笑い過ぎや」と吹きだす。

「眠たかったらいつでも寝てええから」
「ううん、多分きっと寝れそうにない」
「なんで? 俺がカジキみたいに活きがええから?」

 信号が青に変わると同時にボケを挟まれる。……ある意味正しい気もするな。ふふっと笑いながら「動画見たり寝たり喋り続けたりしてたら怒られるしね」と答えれば「……サムか」と唇が尖った。

「怒ってたよ、サムくん。侑くんが助手席乗ってる時、車の往来も見ないって」
「ハンッ! そんだけリラックスしとるっちゅうことやん。なんでアイツはそうやってプラスに捉えられへんのやろうな」
「まぁまぁ。口ではそう言ってるけどサムくん、侑くんのことものすごく応援してるんだよ」
「……なまえちゃん、サムに甘いわ」
「えっ」
「サムのメシうまそうに食うし。アイツの調子乗せるだけやしやめといたがええで」
「アハハッ! 本当に双子なんだね」
「ん?」
「まったく同じこと言ってる」

 同じやり取りをサムくんともしたなぁと懐かしい気持ちになれば「……そんな所まで似とうないわ」と余計唇が尖る。むすっとした時唇が尖る所も似ていると告げれば、侑くんはもっと不機嫌になりそうだから口角に含み留める。

「俺らだってなんもかんも一緒なわけちゃうよ」
「うん。知ってる」
「……そうか」

 そう呟く声色にはまだ少しだけ不機嫌な色が混じっている。そうして続く「そうよな」という言葉にはほんの少しの寂しさが滲んでいた。

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