Strong = Weak


 迅くん達と別れ、部屋に戻ると会議を終えた唐沢さんが椅子に座していた。迅くんからもらったぼんち揚げを1つお裾分けすると、唐沢さんは苦笑混じりにそれを受け取り、「三雲くんも一緒だったかい?」と尋ねてくる。

「あ、はい。多分玉狛に行くみたいでしたよ」
「そうか」
「なんだか楽しそうですね?」
「ん? まぁ、ね」

 唐沢さんがこんなにも楽しそうなの、ラグビー以外では初めて見るかもしれない。……そういえば。

「唐沢さんって、派閥とかありますか?」
「派閥……あぁ。ウチの?」
「さっき迅くんに教えてもらったんですけど、唐沢さんってそういうのあります?」
「一応俺の直属の上司は城戸司令だし、城戸司令派ではあるけど――正直いうと無所属かな」
「ですよね」

 やっぱり、っていう気持ちとよかった、っていう気持ち。それらを混ぜて安堵の息として吐き出すと「忍田本部長派じゃなくても良いの?」と不思議そうに尋ねられる。そりゃあ個人的にはまさにぃのことを支持するけど、だからといって頭ごなしに他の派閥を否定したい訳でもないし。無所属って立場が私にも1番合ってる考えだし、私の直属の上司が同じ考えなのはありがたいこと。

「誰かの考えを――って言われると、私は唐沢さんの考えを支持します」
「支持するってほどの考えじゃないけどね」
「ふふっ。だから支持したくなるんです。中立の立場って、フェアじゃないですか」
「なるほど。ノーサイドってわけか」

 あ、やっぱりすぐラグビーに話を持って行く。そんな唐沢さんが可笑しくて、思わずクスクスと笑えば笑いの意図を察した唐沢さんも緩やかに口角をあげてみせる。

「……あ、そうだ唐沢さん。急なんですけど煙草、1本貰えませんか?」
「煙草? 一体どうして」
「考えたんですけど、私って唐沢さんの同行以外なにも仕事がないじゃないですか。だからせめて、雑談のネタは多く持っておきたくて」
「なるほどね。だけど無理することじゃないと前に言ったはずだよ」
「無理かどうか、やってみないと分からないです」
「それはそうだ」

 私の言葉を受けて、新しい煙草を取り出そうとする唐沢さん。唐沢さんはこうやって私の言うことや考えを肯定してくれるから、やっぱり私は唐沢さんが直属の上司で良かったなって思う。

「あ、」
「ん?」
「煙草って1本いくらくらいですかね? タダで貰うのもなんだか申し訳ないなって……」
「ははっ、なまえちゃんは律儀だね。お代はさっきのぼんち揚げで大丈夫だよ」
「すみません……ありがとうございます。それじゃあ……行きます」

 唐沢さんに謎の宣言をし、口に煙草を咥え借りたライターで火を灯す。一体どれくらいの深さで吸い込んだら良いんだろう? とりあえず吸えるだけ――「ゴホッ!!!!」……す、吸い過ぎた……。

「だ、大丈夫!?」
「ゲホッ、だ、いじょうぶでず……っ、」
「……煙草は禁止。いいね?」
「はい゛っ……」

 背中をさすりながら、唐沢さんが初めて私に命令を下した。



「なまえ」
「まさにぃ! 今から帰るの?」

 結局、唐沢さんからお願いされた事務処理をこなして終わった1日。その帰りにまさにぃと遭遇すれば、なんだかまさにぃも良いことがあったような表情を浮かべていた。……今日の会議、何か進展でもあったのかな。

「どうした? やけに楽しそうだな」
「ん? 何でもないよ。そういうまさにぃこそ、何か良いことあった?」
「あぁ、懐かしい人の名前を久々に聞いてね」
「最上さん?」
「……いや、また別の人なんだが。空閑有吾さんといってね。俺はその人にもとてもお世話になったんだ」
「その空閑さんって人もボーダー関係の人?」
「そうだ。最上さんも有吾さんもみんな、ボーダーで出会った人達だよ。もう亡くなってしまったが」
「そっか。……良いなぁ」

 ついポロっと零れた最後の言葉。これはまさにぃに対してっていうよりかは、最上さんや空閑さんに向けた言葉だ。お2人は私が知らないまさにぃを知ってて、まさにぃからこれだけ慕われてる。正直言うとものすごく羨ましい。……って、亡くなった方に対して私はなんて失礼なことを。

「……あっ、ごめんなさい……」
「……なまえ、良ければ送って帰ろう」
「えっ良いの?」

 言ってからすぐ自分の失言に気付いて謝れば、まさにぃは叱りもせず優しい声色で言葉を返して来た。

「バイクに乗せる約束だっただろう」
「乗せてくれるの?」
「あぁ」





 寒空の下、エンジン音が街中を駆け巡るように轟いてゆく。冬の夜風が容赦なく私の体を迎え撃つけれど、その風を心地よいと思えるくらいに私の体は熱を発している。

「寒くないか?」
「うん、へいき」
「しっかり掴まっていなさい」

 ヘルメットで籠っているけれど、まさにぃの声はこの耳にするりと入ってくる。だけど私の声はそうもいかないので、エンジン音にも負けないように顔をぐっと近づけて言葉を返せばまさにぃが笑うのが分かった。

「部活の応援に行くという約束、守れなくて悪かった」
「気にしないで」
「あの頃の俺はボーダーに夢中だったんだ」
「……うん。というか、それは今もでしょ?」
「……まぁ、そうだな」

 信号を待っている間、まさにぃがポツリと言葉を漏らす。まさにぃ、私との会話、ちゃんと覚えててくれたんだ。それが分かっただけでもじゅうぶんだと、そう告げる代わりにまさにぃに掴まる腕に力を籠める。

「俺は、この街の人たちを守りたい。その中にはもちろんなまえも居る」
「うん」
「だからなまえ。どうか、無理だけはしないでくれ」
「まさにぃ……、」
「なまえは、もしボーダーで知り合った人が命を落とすようなことがあったとしても、それでもボーダーに居たいと言った。……俺はその気持ちを否定することは出来ない」

 まさにぃの声がどこか苦しそうで、私はなんと言葉を返したら良いか分からず、さっきとは違う意味で腕に力を籠めた。……まさにぃが嬉しそうだったら嬉しくなるし、苦しんでたら同じくらい苦しくなる。やっぱり私は、それらを知らないまま過ごすことは嫌だ。

「ただ、俺が嫌なんだ」
「まさにぃ?」

 まさにぃの右手が私の右腕に触れる。その手はコートや手袋、色んなものに阻まれているはずなのに、じんわりとあたたかくて。体の熱とは違う熱い気持ちが胸を締め付ける。

「ボーダーに入って、なまえが傷付く姿を見るのが……それを傍で見るのが、辛いんだ」

 信号が青に変わり、バイクがエンジンを吹かして進み始める。私たちの間を強風が駆け抜け、会話もそこで止まってしまった。……もし風がなくても、私はまさにぃに何も言葉を返せなかっただろう。私がまさにぃを想い続けたように、まさにぃだって私のことを想ってくれていたことを知ったから。まさにぃの強い意志の中に、私という存在を見つけてしまったから。

 忍田真史という1人の男の強さを、知ってしまったから。




- ナノ -