04

 あの縁談まがいの会食から2週間が過ぎた。もしなまえ側が「契約を結びたい」と言ってくれば間違いなく応じるのだが、何せこの話には己の縁談が絡んでいる。こちらから下手な手出しは出来ない。
 兄者のせいでややこしくなった真新しい問題を考えあぐねていた時だった。「なまえが遊びに来たぞ」という爆弾を投下されたのは。

「確認だが、遊びに“来る”ではないのだな?」
「あぁ。遊びに“来た”ぞ」

 腕を組んで目を閉じ、せり上がる感情をどうにか押し込める。落ち着け。叱責した所でなまえが木の葉に居るのは変わらぬ事実。もう受け入れるしかない。

「“こちらから連絡する”と言ってあるが、何故木の葉に来たのだ」
「オレが呼んだからぞ」
「……だろうな」

 兄者はワシにとって敵なのではないか? と本気で思うことが多々ある。しかも誰よりも追い込んでくるからこの男は厄介なのだ。

「扉間がいつまで経っても呼ばぬからぞ。照れておるのか?」
「何故兄者はこうも甘いのだ」
「どういう意味ぞ? それも照れ隠しか?」
「……もういい。なまえはどこに居る」
「茶屋に行くと言うておった」
「兄者、なまえはああ見えて一国の姫だぞ? どうして1人でふらつかせる」

 なまえが木の葉に来ているのに、兄者の姿がここにある。それだけで聞かずとも判ることだが、わざと口に出すことを選んだ。これから先の展開を予測し、ワシの言いたいことを兄者にぶつける為に。

「なまえが木の葉の茶屋に行ってみたいと言うてだの、」
「里が出来たとはいえ、まだ混戦の世の中であることを忘れたのか?」
「なまえも“1人で平気”と言うたし、何よりここは木の葉の領地「言い訳するな」……すまん」

 ようやく勝ち取った兄者からの謝罪。詫びの1つも貰っていないとやってられない。本来ならばもっと詫びを入れさせてやりたいが、時間が惜しい。
 もしもなまえに何かあったならば、兄者は意図も容易く守ってみせるだろう――が、それは木の葉の中でならばの話。もしなまえが他里に攫われでもしたら、それこそ木の葉にとって痛手となる話。……だから兄者は甘いのだ。
 
「迎えに行く」
「場所分かるのか?」
「兄者のチャクラがなまえの近くに残留しているだろう」
「なるほど。扉間の感知能力はさすがだの」
「チャクラの無駄遣いだがな」
「そ、そんなこと言わずに」
「加えて時間の無駄遣いでもある。なまえを呼ぶなら呼ぶで兄者がきちんともてなしておけば「わ、分かった分かった! 悪かった! 早く行くが良いぞ!」

 “早く行けだと?”とまた1つ額がピクリとなるが、目くじらを立てる時間が勿体ない。“こちらが折れる”という対応に慣れてしまって、いつも結局兄者の望む展開になるのが悔しい所だ。



「なまえ」
「扉間様! お元気でしたか?」
「あぁ。此度は兄者が呼びつけたようで申し訳ない」
「いえ! 道中も柱間様の付けて下さった護衛のおかげで安心でしたし、良い旅でした」
「みょうじ殿は? 来ておらぬのか」
「はい。今回は私的な訪問です」

 チャクラを練ってみれば、おぞましい量のチャクラがとある場所から感知出来て、してやられたと思った。こうなることを見越してのことか、もしくは万が一の保険をかねてか。どちらにしても兄者によってワシはなまえを見つけ会いに行くという行為を取らされたことが面白くない。

「前回は時間がなかったので、今日こそお土産を買って帰ろうと思っております」
「……そうか」

 2週間ぽっちではなまえの呑気さに変化は見られない。「柱間様に手土産をお渡ししておりますので、扉間様も良ければ」などと笑うなまえはさながら観光客のようだ。このような娘がワシの妻となるかもしれぬというのはいかがなものか。やはり縁談は断るべきなのではないだろうか?

「この茶菓子を土産として国中に配りたいのですが、さすがに量が多すぎますね。……どうしたものか」

 第1回、第2回と分けて――などと唸り首を捻り続けるなまえをじっと見つめてみる。ワシもこの里を想い頭を悩ますことも多いが、“全員に茶菓子を配るには――”などいう悩みで頭を悩ませたことは1度たりともない。

「そのうち新作も出て……その時はまた同じ方法でいっか!」

 へらりと笑う顔にはどうも緊張感がなく、一国を背負う姫である雰囲気すらない。これだけの乱世でこんな風に笑い民を想えるのは、なまえが大切に育てられてきた証拠だろう。なまえはきちんと愛情を受けて育ってきている。

「2週間前に会った時も思いはしたが、やはりなまえの両親は良い両親だな」
「えっ、父上ですか? か、顔似てますか……?」
「ふっ」

 別に“父親”だけを指した訳ではないが、なまえはワシがなまえの顔を見て父親を思い出したと勘違いしたらしい。ぎょっとして尋ねてくる顔つきが可笑しくて、つい吹きだしてしまった。

「な、何故笑うのですか!? 確かにここ最近頬に脂肪がついたことは認めますが……さすがに父上ほどの肉付きではないかと……」
「なまえはほんに呑気よの」
「の、呑気……。まぁ、生き急ぐよりかは良いことかと」
「生き急ぐ……か。確かにな」

 この世はずっと生き急いできた。無駄な争いばかり繰り返し、小さな命もたくさん落としてきた。そんな世の中よりかは余程マシだろう。なまえの言っていることを初めて受け入れることが出来て、ふと口角が緩むのが分かる。
 ぱちりと絡み合った視線。なまえは照れもせず頬に緩やかな笑みを携え、ワシを見つめ返してくる。不思議と不快感はない。

 家庭を持ち、我が子の成長をゆっくりと見守るのもまた一興か――。
 ふとよぎった思いにハッとして慌てて首を振る。ほんのついさっきまで“縁談を断る”という選択に傾いていたではないか。それに、木の葉はまだ出来たばかりで、この先いつマダラが仕掛けてくるかも分からぬ状況。このような考えは緩みになり油断に繋がる。兄者だけでなく己自身まで甘い考えを抱くなど、決してあってはならない。


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