珍しい。雅さんがミーティング終わりに練習に行かずにその場から一歩も動かないなんて。いつもならメモを取り終えたら直ぐに練習をしに行くのに。

「雅さん、サボリ〜? 俺先行ってるからね!」

 いつもは逆の立場でどやされている鳴くんに仕返しだ、とでも言いだけな表情を浮かべてからかうように言われても「あぁ……」と生返事をする雅さんにつまんねぇの、なんて口をすぼめながらミーティングルームから出て行く鳴くん。
 雅さんは何をそんなに悩んでるんだろう。疲れてるのかな? 最近部活も忙しそうだし、ゆっくり寝れてないのだろうか……。雅さんってあぁ見えて色々な事考えてるからなぁ。やっぱ主将だし、しっかりしてるし……。その分、背負ってる物も大きいのかな。

 うぅ〜ん、雅さんの為に何か出来ないだろうか……。



 レガースを買いに行かないといけない。しかし、時間が無い。練習用で使っていたレガースが壊れてからは別のキャッチャーのを借りているが、やはり自分用の物が欲しい。というより、他のヤツのだと小さい。……ただ、俺専用となってしまうであろうレガースを欲しいというのは何となく気が引ける。しかし、このままずっと違うヤツのを借りる訳にもいかねぇし……。

 考えても埒が明かないと思い、考えるのを辞めて練習へと戻ろうと思考を外へと向けるともう誰も居ないと思っていたこの部屋にみょうじが俺以上に深刻そうな顔をしてそこに居た。

「みょうじ?」

 呼びかけてみても聞こえていないのか、延々と難しい表情を浮かべるみょうじ。なんだ、コイツ。具合でも悪いのか? 「おいっ、」と俺が声をかけると同じ位のタイミングで何かを決めた様にスッキリとした表情を浮かべて俺を見つめてくる。

「雅さん! 悩み事はなんですか!」

 コイツの考えてる事は単純過ぎる。だけど、単純過ぎて時々分かんねぇ。凄ぇ球持ってるピッチャーの打席に立つ時より、怖ぇ。どのバッターよりもどう配球していいかが分かんねぇ。それでいて、おもしれぇ。

「今度は何だ」



 考えても雅さんが何を考えているか、何に悩んでいるかなんて本人じゃあないと分からない。

 そうだ、私は雅さんじゃ無い。雅さんじゃないのに何に悩んでいるかなんて私が考えたって分からない。そんな所で躓いてたって、埒が明かない。だったら、直接聞けばいいんだ! そうだ、それが良い! 名案だ! と閃いた自分を自画自賛しながら顔を上げると雅さんが私に声をかけて来る。

「雅さん! 悩み事はなんですか!」

 直球勝負だ。それがどんな時でも1番良いに決まっている。私から投げられた会話のボールを掌で一瞬どう返すか迷ったらしい。でも、直ぐに笑って「今度は何だ」って緩いボールを返してくれる。

「だって、雅さんずっと悩んでたみたいだから。色々抱えてる事があるなら、協力しますよ? なんてったって、野球部の紅一点ですから!」
「紅一点なのを得意気とする理由がイマイチ分かんねぇ。でも、そんな心配すんな。そんな大した事じゃねぇから」

 私の頭をポンポンと2回雑に撫でてくる雅さんの手にまたもやどくん、と心臓が高く脈打つけどそれだけじゃあ私のモヤモヤは治まらない。

「いいや、そんなんじゃ私の気が治まりません。悩んでる事があるなら、吐き出してください! 雅さんばりのキャッチングしてみせますから!」

 胸をドンっと力強く叩いてみせる私に観念したかの様に溜め息を吐く雅さん。

「こないだ部室にあったレガースだが」
「あぁ! 私がエロ本と間違えたヤツ!」
「その言い方止めろ」
「で、そのエロ……じゃなかった。レガースがどうかしましたか?」
「あれ、実は壊れちまっててな。今の所、他のヤツから借りているがやっぱり使いにくくてな……。どうした物かと悩んでいた所だ」
「なるほど。要するに、雅さんは練習用のレガースが壊れて、違う人を借りてるけど、それが使いにくいと」
「まったく要約できてねぇな」

 なるほど。雅さんの悩みは分かった! これでスッキリした! 雅さんの悩みが分かりさえすれば、どうすれば良いかなんて簡単だ!

「雅さん、私に任せて下さい!」

 待ってて下さいね! 雅さん! 雅さんの為に私、頑張りますから!
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