21gの産声

 カンクロウさんと共に砂漠を歩き続け辿り着いた場所。見上げた岩場には等間隔で人が立っており、侵入者を見張っているようだった。

「カンクロウ様!」
「おー、警備ご苦労じゃん」

 1人が私たちの姿を見つけるなり、瞬時に目の前へと移動してみせる。彼らはみな同じ服装と額当てをしていて、カンクロウさんとはまるで違う装い。カンクロウさんが特殊な人なんだってことはそれだけで分かる。「カンクロウ様」と呼ばれ、敬語を使われ、こうして出迎えを受けている。もしかしたら私は、とんでもない人に拾われたのかもしれない。

「こちらの者は?」
「あぁ。道すがらでちょっとな。それより、先に手当てしたいからまた後で顔出すわ」
「ハッ」

 私に向けられた視線をかいくぐるように会話を打ち切り、私の肩を軽く押すカンクロウさん。あれだけの見張りが居たにも関わらず、すんなりと入れた里の中。そこに広がる景色を捉えた時、息を呑んだ。

「すごい……」
「え、何が?」
「こんなに発展している場所、初めて見ました」
「……オレらの里なんて木の葉に比べたらまだまだだぜ」
「木の葉……名前しか聞いたことないです」

 今まで村とすら呼べないような場所を転々として来たから、こんなに整備された建物も街並みもどれもが新鮮で目新しい。そういえば昨日、カンクロウさんが“砂隠れの領地”だと言っていたような。ということはここはもしかして……「ここって砂隠れの里ですか?」その問いには当然のように頷きを返された。

「も、もしかして……カンクロウさんって」
「ん?」

 見張りの方々の待遇といい、彼の持っている雰囲気といい、何もかもが他と違い過ぎる。昔お父さんに「五大国の隠れ里には影と呼ばれる長が居て、その人達がその里を守っている」と教えて貰ったことがある。誰かに守られ、安定した暮らしを送れるだなんてと羨ましく思ったものだ。その里長が今、目の前に居るのかもしれないと思うと恐れ多さで口がわなないた。

「か、風影様……なんですか……?」
「ぶっ」

 何故か吹きだされた。覆っていた手を下ろし、口を露わにしたカンクロウさんはやっぱり笑っている。緊迫した気持ちを笑われ、拍子抜けしていると「んなワケねーじゃん」ともう1度おかしそうに吹きだされた。

「風影が1人でホイホイ出歩くなんてできねぇし」
「そ、そうなんですね」
「俺はこの里の上忍で、普段は里の警備をやってる。そこら辺の忍と変わんねぇじゃん」

 そこら辺の忍と変わらない、というカンクロウさんの言葉にだけは素直に頷くことが出来なかった。それが顔に出ていたらしい。私の顔を見たカンクロウさんの顔が気まずそうな顔つきに変わって「最後の言葉だけはちょっと違うか」と頬を掻いた。

「それよりまずは手当てじゃん」
「え。……あ」

 先ほど出迎えた人にも“手当てしたい”と言っていた。もしかしたら昨日私が暴れた時に手傷を負わせてしまったのだろうか。氷を出した時、とにかく必死で周りのことが見えていなかった。今になって思い返そうと必死になってみても、何も思い浮かびはしなくて。慌ててカンクロウさんの顔を窺ってみても何も気取れない。うまく隠しているのだろう。

「すみません……」
「いいって。ただ、手当ての前に目通しだけはしとかねぇとな」
「目通し?」
「そ。いくら兄の連れ人とはいえ、勝手に入るのはまずいじゃん」
「?」

 うまく呑み込めないまま後ろをついて行くと、ひときわ高くそびえる建物に入るカンクロウさん。里の景色が小さくなるまで歩くと、ようやく最上階に辿り着く。私達を待ち構えていた扉をカンクロウさんが数回ノックすると、「入れ」と低い声が向こうから聞こえてきた。

「守鶴はどうだった」
「なんで我愛羅が来ねぇんだ――って怒ってたじゃん」
「そうか。出向いてやれずに申し訳ないな」
「仕方ねぇだろ。我愛羅は風影なんだからよ」

 カンクロウさんの口から飛び出た言葉に目を見開く。里に入ってからカンクロウさんが言ってきた言葉を拾い集め、目の前に居る男性とカンクロウさんの関係性を結び付けた時、思わず漏れ出そうになった悲鳴をどうにか手で塞いだ。

「そちらの女性は?」
「あ、」

 里の入り口で問いかけられた時よりも体に緊張が走る。放浪し続け、どの国、どの里、どの村にも属さなかった私が、風影の前に居る。茶色に赤を混ぜたような髪色を色白の肌に映わせ、黒が覆う瞳の中に深い海を思わせるエメラルドグリーンを浮かばせている風影様。左の額に浮かぶ“愛”という文字がじっと私を見つめている。
 私のような人間が簡単に口を利いていいものか――困惑しながら目線を風影様の額に逸らしていると先程と同じようにカンクロウさんが間に入ってくれた。

「守鶴の様子伺いを終えて帰る途中に倒れててさ。話を訊いてみたら雪一族の血縁者で色々苦労してきたみたいで」
「氷遁の血継限界か」
「それでまぁ、行く当てもないっつーから、連れて来たじゃん」
「そうか。名はなんという」

 カンクロウさんに向いていた視線が再び戻され、「みょうじなまえです」と慌てて名乗れば「なまえか」と反芻された。風影様は目を閉じ机の上で組んだ両手を離し「カンクロウの言いたいことは分かった」と何かを受け入れたようだ。

「なまえ、これからはここで過ごすといい」
「……えっ」

 驚く声を追う手が間に合わなかった。漏れ出た短い声にカンクロウさんも風影様も不満そうな顔を浮かべることはしない。ただ1人、私だけがおたおたと慌てふためくのみ。

「ま、待ってください風影様。私は、ただの浮浪者で……、」
「だからこの里の者になればいい」
「そんな簡単に……、」
「風影の許可も得たし。それでいいじゃん」

 ニカっとはにかむカンクロウさんに押され言い淀む。確かに、目の前の男性はこの里の長だ。風影様が良いと言えば全ての事がうまくいくのだということも理解している。……だけど、そんな簡単でいいのだろうか。私は、私が何者なのか証明するものもないというのに。

「でも……、」
「なまえ」
「は、はい」

 風影様が私の名を呼び振り向かせる。その目は深い色味をしているけれど、どこかぬくもりを呼び起こす。今度こそ目線を合わせてみれば、「氷遁を使いこなすことは出来るのか?」と静かな声で尋ねられた。

「……いえ」
「そうか。では、なまえはこれからオレの傍に居ろ」
「えっ?」
「もし暴走するようなことがあればオレがお前の力を抑え込む」
「ですが……っ」
「安心しろ。オレは暴れ者をあやすのには慣れている」

 風影様の言葉に「ぶはっ。それ守鶴が聞いたら暴れるじゃん」と笑うカンクロウさん。とんとん拍子に話が進んでいくせいで、状況の整理が追い付かない。砂隠れの里に住まわせてもらうだけじゃなく、私なんかが風影様の傍に居るなんて、とんでもない話だ。どうしてこんな話がスムーズにいっているのか、不思議でならない。

「あの……お言葉ですが、身元も分からない私を風影様の傍に置くのはどうかと」
「なまえがオレの暗殺を企んでいるということか?」
「そのようなことは……!」
「ふっ。だろうな」

 的を射ない言葉ばかりを返され、もどかしさばかりが募る。どうして私の方がこんなに慌てているのか、不思議な気分だ。

「居場所がないのなら作れば良い。オレがこの里の皆に受け入れてもらったように、今度はオレがその役目を担いたい」
「えっ、」
「それでは駄目だろうか」
「……いえ。でも……良いのでしょうか……」
「なにも心配するな。オレは風影だ」
「……ありがとうございます……」

 カンクロウさんが満足そうに頷いた後、「それじゃ、行くか」と声をかけてくる。その声に視線を向けると「手当て。するじゃん」と言葉を続けられハッとする。

「私、カンクロウさんに手傷を負わせてしまったのでしょうか?」
「んや。俺がそんなヘマするワケないじゃん」
「では手当てとは……?」
「なまえに決まってんだろ」
「わ、私ですか?」
「他に誰も居ないじゃん」
「でも私も、」

 私も、どこも怪我なんてしていない。そう続けるよりも先に「まずは風呂だな。そんでメシ」と段取りを告げられる。私の想像していた手当ては似て非なる内容に口を開けていると「また明日ゆっくり話をしよう」と風影様に言われ退室を促されてしまった。

「ここまでして頂いていいのでしょうか?」

 来た道を戻りながらカンクロウさんに尋ねると、「これが我愛羅の目指す里だから」とはにかみながら答えられた。この兄弟の懐の深さは、一体どこまで続いているんだろう。
prev   top   next



- ナノ -