里の催しとして開かれた縁日には大勢の人が集まってくれた。夜には花火も打ち上げられると聞いているし、かき氷も気温のおかげか大好評を博している。
「シロップ足りるかな……」
「なまえの屋台が縁日の稼ぎ頭じゃん」
運営係として見回りをしているカンクロウ兄さんに声をかけられ、「オレにも1つくれ」と注文を請けてかき氷をつくる。他の人より少し量をオマケして渡せば小銭を差し出されるから、「今までのお礼」と断っても「借金あんだろ」と押し付けられてしまった。
「すみません……。おかげさまで返済出来そうです」
「ハハ、そりゃよかった。でもあんま無理すんなよ? 氷は無限に出せるわけじゃねぇんだし」
「はい。チャクラを練れる限りでやめておきます」
木の葉のように賑わう辺りに視線を泳がせ、視界からも縁日を楽しむ。今日は子供だけじゃなくて大人もみんな楽しそうにはしゃいでいる。砂隠れの里だって、昔はこんな風にゆっくりと流れる日常を楽しむこともなかったのかもしれない。
戦争を終わらせたのは、他でもないここに住む忍の皆さんだ。
平和とは、自分の居場所があって初めていえるもの。ここに来るまで私には無関係だと思っていた。……だけど、今なら自信を持って言える。
「私、今すごく平和で幸せです」
「へっ、そりゃあ良かった」
「カンクロウ兄さんが拾ってくれなかったら一体どうなっていたことやら」
「我愛羅のおかげじゃん」
カンクロウ兄さんの目線が泳ぎ、我愛羅さんのせいにしている。もちろん我愛羅さんの人柄が反映された里だってこともあるけれど、その我愛羅さんに会わせてくれたのはカンクロウ兄さんだから。
「今まで盗むことでしか得られなかったものを自分の力で得られて。その上ここに居るみんなの顔を笑顔に出来るなんて。想像も出来ないことです。……それら全て、カンクロウ兄さんがキッカケだって私は思います」
「そ、そうか……」
そろそろ他の場所にも行く――とかき氷を掻き込んで空になった容器を手渡してくるカンクロウ兄さん。この人は隈取してても表情が分かり易いんだよなぁ、なんて湧き起こる笑みはそっと心に忍ばせ「お気をつけて」と見送る。……たまには仕返しもしないとね。
* 日が落ち気温もぐっと冷え込みだした頃。盛り上がりを見せていた縁日もひと段落し、皆が花火を今か今かと空見上げ待ちわびている。
あれだけ大量にあったシロップを使い切り、追加で購入したあずきや練乳も使い終わるのとチャクラが切れるのは同じくらいのタイミングだった。
さすがにチャクラを使い過ぎてクタクタだ。けれど、この疲労感はとても心地がいいもの。人混みから離れた場所で休みたくなってビニールハウスに向かえば思惑通り誰も居らず、設置されたベンチに腰掛け息を吐く。
ビニールハウスの中は気温調整されているおかげで快適だ。植物に水をやる機械が自動で動いているのか、どこからともなく聞こえる水音と、外から聞こえてくる葉擦れの音が合わさって耳に馴染む。目を閉じ耳を澄ましてみれば、それらに調和するように虫の鳴き声が乗って届けれられる。
無防備に目を閉じることも出来なかったあの日々が懐かしい。今ではこんな風にじっと虫の声に耳を澄ますことが出来る。澄んだ空気を思い切り吸い込むことが出来る。自分が幸せになる未来なんて、想像出来なかった。
ずっと、ここに居たい――。
羽織りを寄せ合い口元を覆えば、心地の良さが身を包む。それに身を委ねていれば眠気がチラつきだして慌てて頭を振る。
まだ、花火を見てない。砂隠れの空は澄んでいるから、きっと花火も綺麗に映えるだろう。
「……だめ、だ……ね、むい……」
前は意識を手放す瞬間も気を張ってないといけなかったのに。今は手放すまいという方に意識を向けないといけないなんて。だけど眠るこの瞬間にさえ幸せを感じられることが堪らなく愛おしくて。ずっと味わってたいなぁ、なんて矛盾した考えと共に眠りの世界へと落ちて行った。
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視界が瞬きパラパラ……と名残惜しむような音が遠くで聞こえる。眉間を数回寄せまばたきを繰り返しながら瞳を開けば、自分の羽織りとは違った色の大きな布を捉えた。それに右肩に眠る時は感じられなかった重みも感じる。
どういうことだと意識を覚醒させれば、重みは頭にも感じられた。けれども危機感や嫌悪感はない。状況を把握しようと自由に動く目線を周囲に這わせれば、規則正しく上下する赤い衣服が目に入る。
えっ、と内心驚きつつ、今度は重みを感じる頭上へと目線を動かせばそこにチラつくのは数本の赤い糸。
「……え?」
抑えきれず漏らした声は、ここに居るもう1人を予想出来たことによる驚きから。私の声が耳に入ったのか、少しばかり唸りを上げた後「なまえ……?」と名前を呼ばれた。間違いない、この声を聞き間違えるはずがない。
「あ、えと……」
「すまない。なまえを起こしに来たつもりがオレも眠ってしまったようだ」
「え、いえ……あの、す、みません」
「いや。ここに居ては体が冷えると忠告するつもりが。これでは世話ないな」
我愛羅さんは衣服を整えながらビニール越しの花火を見つめる。色白の肌に夜空に映る花火が反射して、思わず見惚れてしまう。我愛羅さんの顔、とても綺麗だ。
「……昔は、こうしてゆっくり眠ることも出来なかった」
「え?」
「守鶴から脅されていたからな」
「守鶴さんが?」
あぁ、と頷く我愛羅さんの顔は穏やかで。決してそのことを恨んでいる様子ではない。どちらかというと、遠い日を懐かしむ様子。花火も気になるけれど、今はそれ以上に我愛羅さんと話をしていたい。
「とはいえ、今もあまりゆっくりと眠ることはないが」
「……お仕事、お疲れ様です」
「なまえのかき氷、食べてみたかった」
「ふふっ。また今度つくります」
「あぁ、頼む」
今度は自分のお金でシロップも何もかも買えるから。とても小さいけれど、私なりの恩返しだと伝えれば我愛羅さんは笑って受け入れてくれるだろう。
「私、この里が大好きです」
「ずっと居ればいい」
「あの。ずっと言おうと思っていたんですが」
「?」
花火から視線が移り、私の顔を捉える我愛羅さん。色んな人に勘違いされて、その度に恐れ多くて慌てたけれど。……我愛羅さんに見つめられることも、勘違いをされることにも全て。嫌な気持ちは1つも浮かばない。
「私のこと、受け入れて下さってありがとうございます」
「なまえを受け入れているのは、オレだけではない」
「えっ?」
「カンクロウももちろんだが、里の皆もなまえを受け入れている」
「……はい。そうですね」
それは自分でも痛感していることだと深く頷く。この里はみんな温かくて、居心地がいい。そんな里が自分の故郷だなんて、やっぱり私は幸せ者だ。
「……ずっと、ここに居てくれないか」
「はい、ありがとうございます」
「そうではなく、」
「……はい?」
言葉を飲み込めず、首を傾げれば我愛羅さんの眉間が少しだけ寄る。目を逸らし言い淀む様子は初めて見る表情で。
こちらも困惑してしまって、かけてもらったブランケットをきゅっと握りしめれば我愛羅さんの顔つきが意を決したものになる。
「オレの妻に、なってくれないだろうか」
「………………え」
「なまえを見ていると“愛おしい”という感情がとめどなく湧いてくる」
「え……え?」
「オレとなまえは出会ってまだ数週間だ。そんな男からこんなこと言われるのは“重たい”のかもしれない。だがオレは、これ以外でなまえに対するこの感情をどう表現すればいいのか分からない」
かっと体が熱くなるのは、恥ずかしさのせい。予想外の言葉に頭が真っ白になって「あ、」とか「う、」とかばかりでまともな言語が紡げない。
「里の皆を想う気持ちとはまた別の気持ちなんだ。……愛おしいというこの感情を“愛”と呼んでいいのだろうか?」
恋愛感情の“愛”は私にも正直よく分からない。今まで感じてきた“愛”は全て違うものだったから。だけど、私には我愛羅さんの言っていることがよく解る。
「私もこういうことを言われるのは初めてで……。合っているかは不安なんですが、我愛羅さんの気持ちを受け入れたいと、思います」
「……なまえ」
「愛、なんじゃないでしょうか」
我愛羅さんがきゅっと距離を詰めてくる。いつの日か星の下で見つめ合った時よりも断然近い私たちの距離。今は気恥ずかしさよりも愛おしさが多い。
ふわりと手を重ねられた時、砂が私の手をひっくり返した。そうして向かい合う手のひらは自然と絡み結びつく。
「里の皆さんの誤解を解く必要がなくなりました」
「ふっ、そうだな」
「報告したい人、たくさん居ますね」
「あぁ」
我愛羅さんと2人でなら。きっと、私たちを繋ぐこの気持ちを大切に育てていけるだろう。
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