繋がり

 噂はきっと、我愛羅さんの所にも届いているのだろう。我愛羅さんは顔色1つ変えずに接してくれていたけれど、この噂が本格的なものになってしまったら対応せざるを得なくなってくる。ただでさえ執務が忙しいのに、私のせいで新たな問題を作るのも申し訳ない。

 あの日から続く数日間は、朝の挨拶を終えたら執務室からそそくさと逃げ出す日々。行くところは大抵お父さんとお母さんの所なんだけれど、零れる声は溜息か噂のことばかり。いい加減お父さんたちから溜息を返されそうだ。

「居た。なまえ、最近我愛羅のこと避けてんじゃん?」
「……誰のせいだと」
「はは。悪い、そんな真に受けるとは思わなくて。……でもそれって裏を返せば意識しちゃったってことじゃん?」
「……うっ」

 低い声で唸るのは、甲高い声を出すのと同じくらい肯定と捉えられてしまうようだ。その証拠に「はは、分かり易いな」と楽しそうにニヤけられてしまう。……私なんかじゃカンクロウさんに敵いそうにないです、テマリさん。遠い里に住むテマリさんを思い浮かべていると「でもこれだとオレとなまえだって接してる回数多いじゃん?」と突っ込まれハッとする。
 確かに、思い返してみれば我愛羅さんと同じくらい――もしかしたらそれ以上にカンクロウさんと過ごす時間のが多いような。

「オレのことは意識してないってか」
「いや……その……」

 何と返せば良いか困っていれば、カンクロウさんの表情は大袈裟な程萎んでゆく。そうして続ける「そこで言い淀まれるのも……なんか、ビミョーじゃん」という言葉は表情とは裏腹に楽し気で。からかわれていると分かっていても「すみません……」と謝るしかない私を今度は表情から笑い飛ばす。

「アハハ、嘘だって。悪い悪い。こういうことを冗談で言えるっつぅ辺りで分かってくれ」

 頭を撫でてくる手のひらからは意地悪な気持ちは感じ取れない。きっと私を励ましたくて言ってくれたんだろう。カンクロウさんの手が心地良くて、思わず目を閉じる。お父さんに撫でてもらう時とはちょっと違うこの心地良さは、私には実際に居たことがないから分からないけれど、お兄さんのような存在を思わせる。

「お兄さんが居たらこういう感じなんですかね?」
「奇遇だな。オレも“妹ってこんな感じなのかな”って思ってたじゃん」
「……へへっ。カンクロウ兄さん」

 冗談めかして言ってみれば「……まだ早いじゃん」とそれには少しだけ頬を染めて目線を逸らされてしまったけれど。カンクロウさんのおかげで溜息とは違う息抜きが出来た。カンクロウさんのおふざけに振り回されることもあるけど、頼れる存在であることに違いはない。



「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「……では、失礼します」

 お花、そろそろ枯れてきたし新しいお花分けてもらえないかな……と考え事をしている背中を「なまえ」と我愛羅さんの声が捕まえた。

「はい」

 我愛羅さんから呼び止められるのは珍しい。お遣いでもあるのだろうか? と思いながら返事をすれば、「いつも何をしている?」と問われ少しだけ虚を突かれた。何って言えるほどのことは何もしてないな……。

「お墓の掃除したり、ビニールハウスで水やりしたり……ですかね」
「そうか」
「は、はい」

 思い返してみれば本当に何にもしてないな――苦笑混じりに告げた行動を我愛羅さんは短く受け止めた後、「……カンクロウと親しいのか?」と質問を重ねてきた。

「え、あはい。ご一緒することもありますね」

 1つの考えが浮かぶ。
 カンクロウ兄さんはいわば風影の相談役。テマリさんが帰省した時に「シカマルは忙しくてな」と砂隠れに来れなかった旦那さんのことをフォローしていた。それくらい多忙極める役職は、砂隠れでだって一緒のはず。

「すみません。私、カンクロウ兄さんの時間を……」
「兄さん?」

 あの日から冗談混じりで付け加えるようになった言葉に喰いつかれ、ハッとする。

「すみません。兄さんと呼ぶのも……」
「いや。兄――なのか」

 1人納得する我愛羅さんを不思議に思い「えっと……?」と窺えば「いや。止めてしまってすまない」と先ほどに比べて穏やかな顔つきになった我愛羅さん。「気を付けて」と退室を促され、首を傾げながら退室したけれど、やっぱり不思議だ。私はてっきりカンクロウ兄さんの仕事の邪魔をするなと叱られるとばかり。



「あ! およめさま!」
「……えっと、みょうじなまえです」
「なまえさま! また一緒に遊ぼ!」
「いいけど、なまえ“様”は止めて欲しいな……」

 最後の願いを言い終わるよりも早く手を引かれ、子供たちの中心に踊り出される。太陽が暑く照っているというのに、子供たちは元気いっぱいだ。笑顔を顔いっぱいに浮かべて楽しむ姿は太陽よりも眩しくて、チカチカする。

「なまえさま! ソリで遊ぼ!」
「あ、はい」

 その笑顔に見つめられれば、それだけで無条件に笑みが込み上がってくるから。やっぱり、子供の力って偉大なんだ。






 ソリ滑りを終え、建物の陰で座り込む。「楽しかったね!」とはしゃぐ子供たちの額には汗と砂が張り付いていて、どれくらい満喫したかを物語っている。

「なまえさま?」
「チャクラコントロール、結構自信ついたんだ」

 子供の額に両手を当て、氷になる手前までチャクラを練れば髪の毛を冷風が駆け抜けてゆく。冷風を浴びた子供たちが心地良さそうにしているのを見ていると、私の氷遁も誰かを助け救うことに使えるんだって実感出来て嬉しい。

「ちょっと見てて」
「なまえさますごぉい!」

 手の中に小さな氷を生み出し、子供に手渡せば「わぁ! 冷たい!」と喜ぶ。何個か作って1つ1つ渡していけばそれぞれの顔がぱぁっと輝くから。この血を継げて良かったって初めて思えた。

「楽しそうだな」
「あ! かぜかげさま!」

 休憩がてら散歩にな――と告げる我愛羅さんの周りを満面の笑みで囲う子供たちは、私が渡した氷を我愛羅さんに見せつけて自慢げに話している。一斉に話す子供たちと同じ目線にしゃがみ、聞き役に徹する我愛羅さんの姿は里の人間を愛する風影様そのもの。

「ふふっ」

 木の葉で見た光景ソックリ。ナルトさんも我愛羅さんも、みんなに慕われているんだ。

「なまえ」
「あ、はい」
「氷、オレにも1つくれないか」

 リクエストを受けて1つ差し出せば「あーん、しないの?」と問うのは純粋な眼差しを浮かべる子供。カンクロウ兄さんのからかいとは違うその声に、思わず氷を落としかける。

「あっ。……あっ」

 そうならなかったのは、我愛羅さんの手が私の腕を掴んで口元に寄せたから。手のひらに口付けるような形で吸い込まれた氷をぼんやりと見つめ、状況を理解した脳が後を追うように顔に熱を集める。

「な……なっ、」
「あーんだ! あーんした! 我愛羅様があーんした!」
「うまいな」

 はやし立てる子供たちと、平然と告げる我愛羅さんに返す言葉なんてない。



「なまえ〜」
「言わないで下さいっ!」
「……まだなんも言ってないじゃん」
「言われずとも察しますので……!」

 夜。私のもとを訪ねてくるカンクロウ兄さんの顔を見ればそれだけでじゅうぶんだ。子供の拡散力の凄まじさも聞かずとも分かるので、今は我愛羅さんの行動に“なんで、どうして”と考えるだけで精一杯だ。

「ハハ。んまぁその件は勘弁しといてやるけどさ、」
「? 他に何かご用事でも?」

 首を傾げ話を促せば、「氷、売ってみねぇ?」と気になる提案を受けた。続く話で“木の葉のような繁華街がないので、何か里の子を楽しませることはないかと思案していた”“縁日のような催しはどうかとなり、里の行事として催されることになった”という説明を受け好奇心が湧き上がる。

「なまえの氷遁でかき氷とか。どう?」
「やりたいです!」
「決まり。これでナルトに借金も返せるじゃん」

 カンクロウ兄さんの言葉に大きな頷き返す。かき氷、頑張って売らねば。

「じゃあかき氷機買うか」
「あ! じゃあ――」






 みょうじなまえ様と書かれた荷物が届けられたのは数日後のこと。かき氷機の仕入れと聞いて浮かべた人物は木の葉の人。その人にお願いをしたいので、電話を――と願い出れば、カンクロウ兄さんから「良いけど。番号知らねぇと無理じゃん?」と言われ、初の電話機使用は叶わなかったけれど、無事に連絡をとって手に入れたかき氷機。

―ウチ、忍具屋なんですけど。……ま、なまえちゃんの頼みだし。今回はトクベツ。オマケも付けとくわ

 テンテンさんの顔を浮かべながら手紙に目を通し、“オマケ”と書かれた付箋が貼られているシロップを手にとる。

「他里の交流、ってやつじゃん?」
「ふふっ、そうですね」

 今度木の葉に行ったらテンテンさんにもお礼を言いに行こう。
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