スパイスひとさじ

 私が知らないだけで、世界は恐ろしいスピードで成長を遂げている。鷹を飛ばすしか連絡方法がないと思っていたのに、今は“電話”という連絡方法があるのだという。どういう仕組みかはよく分からないけれど、とにかく、それを使えば瞬時に声でやりとりが出来るらしい。色々な文明の利器に触れ合う度、どれだけ自分が置き去りにされていたのか驚かされる毎日。

「今日はテレビ通話で五影会談じゃん」

 今日は日差しが強いし読書をしようと執務室を訪れた時、一拍遅れて執務室に入ってきたカンクロウさんが告げた行動予定の言葉。それに我愛羅さん以上に喰いついたのは私。テレビ通話って一体なんだろう。

「テレビ通話っつうのは電話と違って画面の向こうに相手が映るんだよ。そんで、その相手と顔付き合わせて議論すんのが、五影会談じゃん」
「へぇ。なんだかすごいですね……」
「つってもこれは大昔からある手法じゃん。大名とかはこの方法でよく話し合いしてたみてぇだし」
「なるほど。私が知らなすぎるんですね……ハハハ」
「そんじゃ、オレは準備してくるから。時間になったらまた来るじゃん、我愛羅」
「あぁ」

 五影会談なら機密事項だってあるだろうと思い至り、読書は諦めることにした。今日はお墓の掃除でもしよう。



「……これでよしっと。にしてもお花、まだあげれてないな……」

 お父さんとお母さん、そしてチヨバア様のお墓に手を合わせふと思う。これからサボテンを探しに行くにしてもこの暑さの中砂漠を歩くとなると……。そこまで考えて辿り着くのはあのビニールハウス。……もし余ってるお花があれば分けてもらえないかな。







「こんにちは」
「あ、この前の! ようこそお越しくださいました」
「え? あ、いえ……。あの、実はお願いがありまして」
「はい! なんなりと」
「その……もし、余ってるお花などがあれば譲っていただけないかと……すみません、こんな厚かましいお願い事を……」
「いえ! 花ならいくらでも持って行って下さい!」
「あ、ありがとうございます! 助かります!」

 快諾してくれた作業員に頭を下げ、花が植えてあるスペースに足を延ばせばそこに見知った黒頭巾があって目を見開いた。私の知る限りこの里であの黒頭巾を被っているのは1人しか居ない。

「カンクロウ、さん?」
「……なまえじゃん」
「五影会談は……?」

 振り返ったカンクロウさんの表情はイタズラが見つかった子供のようで。名前を呼べば肩を揺らしながらギギギと錆びついた人形のような動作で振り返るカンクロウさん。その手にはジョウロが握られていて、彼の目の前にある花たちはビニール越しの日差しに当てられキラキラと水滴を反射させている。

「思ったより早く終わってさ。五影たちの世間話になったから、“これは長引きそうじゃん”ってことで逃げてきたわけ」
「なるほど。それにしてもカンクロウさんが水やりされてるのは少し意外です」
「……恥ずかしい所見せちゃったじゃん」

 イタズラっ子の顔つきから照れ笑いへと変わるカンクロウさんの表情。照れ臭そうに白状するカンクロウさんによれば、これは前に毒でやられた時に助けられたお礼なんだそう。前に我愛羅さんが言っていたことと話が繋がり、2人の義理深さを思い知る。それにしてもカンクロウさん、見つかって恥ずかしそうにするなんて。すごく可愛らしいのに。

「ふふっ」
「……そうやって笑われるの分かるからコソコソやってたんじゃん」
「あ、ごめんなさい。……ん?」

 ふわふわと宙に浮き目の前に現れたのはお土産として渡した指人形の1体。その指人形の両手には可愛らしい花が1輪握られている。操っている主へと視線を動かせば、「口止め料じゃん」とはにかまれた。多分私が言わなくても里のみんな知っている気もするけど、お花はありがたく受け取っておいた。

「あ、そういえば。私、借金があるんです」
「は? どこの誰に」
「木の葉のナルトさんです」
「……ん?」

 口止め料繋がりで思い出した事実を口にすれば、カンクロウさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で窺ってきた。
 木の葉の里で交わしたやり取りを告げれば、その顔はすぐさま崩れ大爆笑へと変化を遂げ「じゃあこの指人形はなまえの借金で手に入れたってことじゃん。それは大事にしねぇと」とカンクロウさんはやけに嬉しそうな声で笑ってみせた。



 カンクロウさんと共に温室を出て、再び墓地へと向かっているとボールを持った数人の子供たちに声をかけられた。
 カンクロウさんに「こんにちは!」と元気な挨拶をする子供たちに微笑ましい気持ちを抱いていれば、そのうちの1人から「あ!」と言う言葉と共に目を見開きながら見つめられ困惑する。

「かぜかげさまのおよめさま?」
「エッ」

 予想外の言葉に甲高い単語を発し固まってしまった。風影様、つまり我愛羅さんのお嫁さん――私が? そんな関係になったことすらないのに、どうして。

「ぷろぽーず、されたの?」「キスは?」「ちゅうは?」

 頬を染め固まった私の態度を“肯定”と捉えた子供たちからワラワラと質問攻めを受ける。待って欲しい、訊きたいのは私側なんだ。“籠り姫”より突飛な勘違いがどうして生まれたか、というかどう誤解を解けばいいか……。

「えっと、その……っ、」
「そこまでじゃん」

 嬉々とした表情の子供たちに怖気づいていると、私と子供たちの間に1体の大きな傀儡が現れた。これは、私が初めてカンクロウさんに出会った時に見た傀儡だ。ボン、という音と共に巻物から現れた傀儡に意識を奪われた子供たち。その子たちに「お前ら、オレが特別に劇やってやるからこっち来るじゃん」と気を引いてくれるカンクロウさんは、私と目が合うなりニカっとはにかんでみせる。
 子供たちの興味は人形劇に行ったおかげで質問地獄からは逃れられた。この隙に――とカンクロウさんに会釈をするのと、「およめさまもご一緒に!」と腕を掴まれるのはほぼ同時だった。







 夕暮れ。子供たちと別れ、カンクロウさんと2人して溜息混じりに笑い合う。「花があるから――」と断ろうとすれば陶器のジャグを渡され、手を引かれ地面に座れば囲うように座られ、その上を我愛羅さんの砂が覆って日陰を作れば「愛のちからだ!」とはしゃがれ。
 再び質問責めが始まりそうな装いに「カンクロウさん! お願いします!」と催促をして始まった人形劇。結果として子供たちと同じくらいのめり込んで観劇した。カンクロウさんの傀儡捌きはもちろんのこと、声色といい口調といい、何もかもが完璧で、誰よりもまじまじと見つめた自信がある。

 人形劇が終わったあとは1人が持っていたボールを使ってボール遊びへと移行した。私とカンクロウさんも当たり前のように頭数に数えられ、チーム戦を行い。いつしかカンクロウさんも私も夢中でボールを追いかけて。

 よくよく考えればこんな風に誰かと遊びまくることなんてなかったから、単純に楽しかった。高い場所にボールが挟まって、それを砂が手元まで運んでくれた時、“我愛羅さんもここに居たら”って思ったのは内緒。

「子供ってパワフルですね……」
「だな。そこら辺の任務より疲れたじゃん」
「ふふっ。今日はよく眠れそうです」
「花、供えに行くだろ?」
「あ、はい。可愛い花瓶貰ったおかげで枯れずにすみました」

 数時間遅れで向かう墓地。道中交わされる会話の中身は先程遊んだ子供たちのこと。“あの子はどこの家の子で――”“アイツはイタズラっ子で――”それを語るカンクロウさんの顔つきはまるで父親のよう。

「私ももっと里の子供たちと仲良くなりたい」
「大丈夫だろ。我愛羅の嫁として受け入れられてたし」
「そっ……な、なんでそんな勘違いが生まれたんでしょう……?」
「そりゃ我愛羅となまえが仲良いからじゃん?」

 そう言われると“違います”とは言えない。確かに我愛羅さんにはとてもよくして頂いているし、里の中で一緒に過ごす時間が多いのは我愛羅さんだ。でもそれだけで“お嫁”という位置付けになるのだろうか?

「“我愛羅の婚約者”っていう噂は里じゅうに広まってるし、今更じゃん」
「えっ!?」
「我愛羅のこと、“風影様”じゃなく“我愛羅さん”呼びだし、腰には瓢箪下げてるし。“特別な人間”と思われても不思議じゃねぇだろ」
「特別な理由なんかんじゃ……カンクロウさんだってご存じですよね?」
「さぁ? ほんとのとこは分かんねぇし、訊かれても曖昧な返事するだけじゃん?」
「……! カンクロウさん……!」

 これは一刻も早くカンクロウさん以上に里の人と仲良くなって、誤解を解かねば。
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