カップの底が見えるまで

 里の散策も一通り終え、ある程度里の構造も理解出来るようになった。これならいつでもお遣いにだって行けそうだ。とは言っても、私を遣う人も居ないんだけれども。

「なまえ、最近よく外に居るな」
「カンクロウさん。警備ですか?」
「あぁ。もうすっかり籠り姫卒業じゃん」
「そういえば……! カンクロウさん、どうして噂否定してくれなかったんですか」

 むぅと頬を膨らませれば、「だって面白そうだし」とあっけらかんと言い放たれた。テマリさん相手だったらしまった! とバツが悪そうにするのに、私相手じゃ悪びれもされない。……まったく、そのおかげで色んな恥ずかしい思いをしたというのに。

「ま、たまには我愛羅の所にも行ってやってくれ」
「でも我愛羅さんはお仕事大変そうですし」
「だからこそじゃん」
「ん?」

 だからこそ、の意味がよく分からず首を捻れば「時々は息抜きしたいだろ?」と続けられて納得する。息抜きや気分転換は大事だ。

「我愛羅にとってなまえは癒「話し相手が欲しい時もありますしね」……うん、まぁそうじゃん」

 カンクロウさんと言葉が被ってしまったけど、私の言葉に頷いてくれたので私の理解は合っていたようだ。「今日は久々に本を読みに行こうかな」と呟けば「んじゃあさ、」となんともタイムリーにお遣いを頼まれた。



「失礼します」

 お遣いを終え辿り着いた執務室。机に向かってペンを走らせていた我愛羅さんが匂いを察知して「これは……?」と問うてきた。気に入ってくれるといいけど……と不安を抱えながら机にカップを置けば我愛羅さんの視線がそれに捕らえられる。

「カンクロウさんが、我愛羅さんに茶でも淹れてやって欲しいと。それでお茶屋さんに行ったら“チャイはどうか”と勧めて頂きまして」
「チャイか」
「沸騰の兼ね合いが難しくて……。うまく出来ているといいんですが……」

 店主に作り方を訊いて、一生懸命作ったチャイ。まともな料理もしたことがないので、美味しいかどうか不安で堪らない。初めて与えられたお遣い、うまく出来ているといいけど。

「マサラチャイか」
「そ、そうです。あまり甘ったるいのも……と思いまして。スパイス入りのマサラチャイにしてみました」
「丁度いい甘さで美味しい。ありがとう、なまえ」
「……! 良かった……」

 1口、2口と口に含んでいるので、きっとお世辞ではないはずだ。我愛羅さんの口に合ったことに胸をなでおろし、我愛羅さんの様子を窺いながら会話を続けてみる。今なら少し話も出来そうだ。

「我愛羅さんの好きな物はなんですか?」
「好きな物?」
「あ、つまらないこと訊いてしまってすみません……」

 私に気分転換させるほどの会話スキルがない。致命的だ。これなら黙って読書に徹した方がマシだったかもしれない――自分の質問に顔面蒼白になっていると、「食べ物ならタン塩や砂肝が好きだ」と我愛羅さんが真面目な顔で答えてくれた。

「お肉ばっかり……」
「ふっ、確かに」
「あ、ごめんなさい……」
「構わん。テマリから野菜も食べろと注意を受けたのも事実だしな」
「我愛羅さんが? 誰かに叱られるなんて想像出来ない――あでもテマリさんなら……」

 眉がつり上がったテマリさんの顔が想像出来て、思わず吹きだす。我愛羅さんも同じ顔を浮かべていたのか、「カンクロウが前に――」と兄弟のエピソードを話してくれるから、それにも笑って。
 談笑を重ね、一通り笑った所で土産で渡したサボテンと同じ場所に飾られた写真が目に入った。カンクロウさんやテマリさん、ナルトさんやシカダイくんは分かる。だけどこの女性は初めて見る方だ。目元がテマリさんに似ていて、写真からでも分かるくらい柔らかい雰囲気を纏っている。

「オレたちの母、加瑠羅だ」
「この方が……」
「いつ何時でもオレを守ってくれる。母様はすごい方だ」
「我愛羅さんも愛されてますね」
「……あぁ、そうだな。時間が出来たら父様と母様の墓にも挨拶に行かねばな」
「是非ご一緒させて下さい」

 ふと思いついたことがある。口にしようか迷ったけれど、我愛羅さんならきっと許してくれると信じ、「あの――」と願えば我愛羅さんは穏やかに笑ってそれを許してくれた。笑った顔は写真に映るお母様とソックリで、血の繋がりも悪くはないのだと教えてくれる。



 再び1人で訪れたのは数日前に我愛羅さんと訪れた墓地。比較的新しい墓には私の両親の名前が彫られている。放浪し続けて、故郷とも呼べる場所がなかった私たち。ようやく出来た故郷にお父さんとお母さんも連れて来れたら――その願いも我愛羅さんが叶えてくれた。

「お花を買うお金がまだなくて。……ちょっと待っててね」

 2人に挨拶を終え、里の外へと足を踏み出す。警備をしていたカンクロウさんには事情を説明しているし、腰には我愛羅さんからもらった瓢箪もある。暗くなる前に帰ってくれば大丈夫だ。





 
 時折水を含みながら歩く砂漠。湧き出る汗を拭い、足を攫われながら歩き求めるのは「んー……もっと小さいの……」鉢植えに出来そうなサボテン。トゲのある植物を供えるのは少し気が引けてしまうけど、お父さんとお母さんならきっと喜んでくれると思うから。それに、よさげなのがあれば我愛羅さんにも持って帰りたい。
 必死に探す私を心配するように砂が上から見守り続けてくれる。……もうちょっと、遠くまで行ってみようか。熱気で揺らぐ遠くの景色を見やった時、地面がゴゴゴ、と音を立てて揺らぎ始めた。

「お前こんなとこまで出歩いて平気か?」
「なっ、な……っ」

 バランスを崩し地面に座り込んだ私を覗き込むのは、砂が1つの山を作り上げたかのような体躯とそれに似つかわしくないつぶらな瞳を双方に浮かべる――狸。

「ここ、里から結構離れてんぞ」
「え? あ……ほんとだ……」
「今からお前の足で帰ってたら夜までに間に合わねーだろ」
「あ、あの……ど、どうして狸が喋れるんですか……?」
「ハァ!? テメーオレ様をただの狸と一緒にしてんじゃねぇぞ」
「ひっ、ご、ごめんなさい……っ」

 いくらつぶらな瞳とはいえ、体躯を寄せ睨まられるとそれなりに怖い。それにこんなに大きな生き物は見たこともなくて、一体何がなんだか。思わず両手を前に構え壁を作ろうとすれば、我愛羅さんの砂がふよふよと形を変えて私を包み込むように体を覆う。

「へっ我愛羅の砂か」
「我愛羅さんをご存じで?」
「ご存じも何も。オレ様はアイツの体に入ってたからな」
「それって……もしかして、尾獣の――」

 色んな人から聞いた存在を口にすれば、狸が「尾獣じゃねぇ。オレ様の名前は守鶴だ」とふてぶてしく名乗る。……守鶴さんって、確か――。

「カンクロウさんが様子伺いに行ってた?」
「あー。そうだチクショウ。我愛羅のヤツ風影で忙しい――とかなんとか言ってオレ様のとこに全然来やしねぇ」
「やっぱり。守鶴さんってアナタだったんですね」

 途端に守鶴さんに親しみを感じだす。我愛羅さんやカンクロウさんの口ぶりだと、守鶴さんは襲ってくるような方ではないみたいだし。よく考えれば私に声をかけてくれたのも私を心配してくれたからだ。

「初めまして守鶴さん。みょうじなまえです」
「知ってるよ。はじめは我愛羅の首狙った忍かと思って見てたけど、なまえは鈍臭そうだしな」
「なっ……鈍臭いって……」
「そうだろ。じゃねぇとこんな所までのこのこ出歩かねぇよ」
「それは、そうですが……。にしても守鶴さんは我愛羅さんのこと、大切になさってるんですね」
「……ハァ!? 何言ってんだテメー。んなワケねぇだろ。オレ様が何で人間のことを……」
「ふふっ。守鶴さんと我愛羅さんって仲良しですね」

 我愛羅さんも守鶴さんのこと気にかけていたし、守鶴さんも我愛羅さんのこと心配してるみたいだし。良い関係性を築いているんだってことが分かって嬉しくなる。守鶴さんは「オレら尾獣に“さん”なんてつけるヤツ居ねぇぞ」と呆れながらも「まぁ何だ……我愛羅のよしみだ。オレ様が里まで送ってやろうか?」なんて優しく気遣ってくれる。

「守鶴さんに乗せて頂けるんですか?」
「仕方ねぇだろ。なまえ足も遅そうだし」
「……うっ」

 ケケケと笑う守鶴さんに言葉を詰まらせていると「なまえ」と上空に雲のような砂に乗った我愛羅さんが現れた。

「探したぞ」
「す、すみません……サボテン探しに夢中になっちゃって」
「へっ。わざわざ風影のお出ましってか」
「あぁ。守鶴の様子も知りたかったしな」
「……へっ、そうかよ」
「守鶴さん、嬉しそう」
「うるせぇ!」

 守鶴さん。尻尾の揺れ、隠せてませんよ? その言葉は緩む口角に忍ばせ、「戻ろう」と告げる我愛羅さんの砂に乗せてもらう。

「守鶴さん、また」
「……おう」

 次はもっと早起きして、守鶴さんに会いに行こう。
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