愛のありか

 段々と砂埃が舞うようになってきた。顔を襲うそれに反射的に目を細めるけれど、口元は緩やかにあがってゆく。もう少しで砂隠れの里。日差しが強くなると瓢箪から砂が出てきて、私とバキさんの上を覆い直射日光を防いでくれた。道中何度この砂の存在に助けられたことか。……早く、持ち主に会いたい。

「木の葉よりはしんみりした里なのに。ホッとするのは故郷だからでしょうか」
「ふふっ。その気持ち、ちょぴり分かります」

 里の見張りが見えた時、バキさんがぽろりと本音を漏らした。数週間しかここに住んでいない私でさえこみあげてくるものがあるんだから、バキさんはなおのことそうだろう。やっぱり、帰って来る場所があるっていいものだ。

「バキさん、護衛して頂いてありがとうございました」
「いえ、オレも休みを取ったようなものでした。こちらこそありがとうございました」

 風影執務室に入る前、バキさんとお礼を交わし合い扉をノックすれば「入れ」と懐かしい声が聞こえてきた。数日聞かなかった声に嬉しくなって、ふふふと笑っていたら扉の向こうに居たカンクロウさんと我愛羅さんにそれをバッチリ見られてしまった。

「……あっ。た、ただいま戻りました……!」
「楽しかったみてぇじゃん?」
「……えと、も、もの凄く楽しかった、です」
「それは何よりだ」
「我愛羅さん、お母様の砂ありがとうございました! おかげでものすごく心強かったです」
「あぁ」
「あ、そうだ……! これ、お土産です」

 指人形をカンクロウさんに、サボテンを我愛羅さんに渡せば、2人ともきょとんとした後「ありがとう」と嬉しそうに笑ってくれた。いのさんからもらったスプレーカーネションも綺麗に咲いてくれたし、執務室がいつもに比べてグンと華やかだ。

「指人形って、あれか? オレが傀儡使いだから?」
「へへ……短絡的ですかね?」
「いーや、いいじゃん。可愛いし。にしても我愛羅の趣味がサボテン栽培ってよく知ってたな?」
「この前ご自宅に伺った時、サボテン栽培されてるのを見てまして。いのさんのお店でそれを思い出した時、ナルトさんが“我愛羅さんだろう”って教えて下さって」
「ナルトは元気だったか?」
「あ! “ナルトがめちゃくちゃイケメンになってたって言っといてくれってばよ”だ、そうです」

 ナルトさんの口調を真似て伝えれば、カンクロウさんも我愛羅さんも「アイツは本当に変わってないな」と懐かしそうに目を細める。木の葉のみなさんも、同じような顔で笑ってたな。

「今日はもう休んでいい」
「我愛羅さん、本当にありがとうございました。じゃあお先に失礼します」
「なまえ」
「はい」
「おかえり」
「! ただいま、です」

 “愛”ってきっと、目に見えないだけでずっと傍に居るものなんだろう。



 木の葉から帰ってきて数日。“砂隠れの里をじっくり見たことなかったから、1度見てみたい”と我愛羅さんに言ってみたら、「では、これはなまえが持っていろ」とまたあの瓢箪を差し出された。

「サボテンのお礼だ」
「で、でも……ありがとうございます」

 お土産を受け取ってくれた時、嬉しかったのを思い出して私も我愛羅さんの瓢箪を受け取ることにした。相手を想って渡したものを受け取ってもらえるのは、渡した側も嬉しくなれるんだって学んだから。嬉しいものは素直に嬉しいと思おう。






「……ここって」

 前は1人で歩くのは気が引けると思っていたけど、今不思議とワクワクしているのはきっと腰に下げた瓢箪が一緒だからだ。木の葉に比べてこじんまりとした装いの砂隠れは、目新しいものはなくとも静かな雰囲気が心を落ち着かせる。
 そんな光景に1つ、目を引く建物が視界に入りはたと足を止めた。珍しく緑が密集した場所に建てられたビニールハウス。“薬”と掲げられた看板の奥には、いのさんのお店に似た匂いが漂う。

「こんにちは」
「あ、こんにちは」
「見ていかれますか?」
「いいんですか?」

 作業していた方に誘われ踏み入れた先では、花や植物が栽培されていた。中央のテーブルではそれらを煮たり濾したりする人や分厚い本を読みこんでいる人など、みんなが何かに集中しながら作業にあたっている。気温が外に比べて涼しいこの場所は、薬草の栽培や薬の調合を行うのに適しているらしい。
 許可を得て歩くビニールハウスの中は確かにひんやりとしていて、植物が生きるのにちょうどいい。これも何かの素になるのだろうか? と鮮やかな花に視線を落とした時、「風影様!」と作業員の声が響いた。

「薬の調合はうまくいっているか?」
「木の葉との医療連携のおかげでここで栽培できる薬草の種類も増えました」
「そうか。それはなによりだ」

 風影様の登場に嬉しそうな表情を浮かべて迎え入れる皆さん。そのうちの1人に「花を1束もらえないだろうか」と声をかけ、言われた人がこちらに駆け寄ってくる。そうして繋がれた視線が合わさった時、「なまえもここに居たのか」と我愛羅さんから声をかけられ近くに寄る。

「お花の匂いがして。……我愛羅さん、お体優れませんか?」
「いや、体の不調で来た訳ではない」
「……よかった」
「以前カンクロウが毒でやられたことがあってな。その時、ここの薬草に助けられたんだそうだ」
「そんなことがあったんですね」
「それから里の予算を割いて植物の栽培に力を入れることにしている」
「なるほど。だからこんなにたくさんの種類があるんですね」

 お待たせしました――と帰って来た作業員の手に握られているのは、いのさんが私にくれた時と同じように綺麗に整えられた花束。これは薬と呼ぶよりはプレゼントと呼ぶ方がふさわしい。

「ありがとう」
「チヨバア様も喜ばれることでしょう」
「そうだといいが」
「チヨバア様……?」

 聞き慣れない名前に首を傾げれば、我愛羅さんが「なまえも来るか」と訊いてくる。「ナルトと同様、紹介しておきたい人だ」と続けられ頷きを返しビニールハウスを後にした。




 共に歩き辿り着いた場所。里の外れにあるここは、額当てと同じ形をした置物がいくつもあって、それぞれに人の名前が彫られてある。

「本当ならオレもここに埋められる側だった」
「……えっ?」

 その中の1つ、“チヨ”と彫られた墓の前で立ち止まった我愛羅さんがポツリと呟く言葉は耳を疑うもので。しゃがみこんで手を併せた後、我愛羅さんは持っていた花を丁寧な所作で供える。他の墓も供え物はあるけれど、この墓だけは異常に多い。チヨさんという方は一体我愛羅さんにとってどんな方だったんだろう。

「オレはかつて人柱力だった」
「……バキさんから少し、伺いました」
「だった――というのは、抜かれたからだ」
「抜かれた?」
「第四次世界大戦を起こしたヤツが尾獣の力を欲してな。奪われたんだ。」
「本の知識だけで詳しいことを分かっていないんですが……、それって大変なことですよね?」
「尾獣を抜かれた人柱力には“死”が待っている」
「……そんな、」

 我愛羅さんやバキさんの話を重ねて繋げた内容。尾獣を取り込んだせいで周囲の人間から忌み嫌われ、その尾獣を抜き取れば“死”が待っている。――想像しただけでゾッとしてしまうような我愛羅さんの人生。“他人を憎むことでしか存在意義を見出せなかった”と言っていた我愛羅さんの気持ちが、今になって胸を締め付ける。

「そんな顔をするな。オレは今もこうしてここに生きて里の皆を守れているんだ」
「……でも、」
「言ったろう。オレはナルトのおかげで生きる道を変えることが出来たと。――それに、ナルトだけじゃない。チヨバア様からは命を頂いた」
「命?」
「尾獣を抜かれた時、オレは1度死んだんだ。チヨバア様は転生忍術で自分の命と引き換えにオレを守って下さった」
「そうだったんですね……」

 荒くれていた私をカンクロウさんが受け入れてくれなかったら。我愛羅さんが里の人間として迎え入れてくれなかったら。私は自分の血と向き合うことも、木の葉の皆さんと知り合うことも、自分の血と打ち解けることも出来なかった。
 “憎んでいた相手を受け入れ、分かち合うこと”――口で言うほど簡単なことじゃないのは私にも分かる。だけど、今こうして我愛羅さんが私の隣に居るのは、我愛羅さんが人とぶつかり合って繋がり合ってきた結果。

「ナルトに変えてもらった生き方で、チヨバア様に守って頂いた命で。皆に認めれ、必要とされる存在になりたい――そう思って風影を務めている。……時々不安にもなるが」
「我愛羅さんは立派な風影様です」
「そう、だろうか」
「里の一員である私が言うんです。間違いありません」
「……そうか。そうだな」

 私には、今まで故郷と呼べる場所がなかった。……でも今、ここが私の故郷。ようやく出来た故郷を与えてくれた風影様に、自分の気持ちを真っ直ぐ伝えれば、風影様も嬉しそうで。
 心を受け入れ分かち合うって、幸せなことだ。
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