愛しかたを学ぶ

 お花にサボテンに指人形に。両手で抱える物が多くなり「持ってやろうか?」と気遣ってくれた瞬間、ナルトさんが目を閉じて深い息を吐いた。

「……お前が1番めんどくせぇってのが今分かったってばよ。サイ」
「気付いていたにも関わらず逢瀬を続けていたとは。……不倫ですか?」

 サイ――と呼びかけた物陰の向こう。透き通るような色白の肌に、真っ黒な瞳が印象的な男性が巻物と筆を抱え姿を現した。えっと……この人は……。

「なんでそうなんだよ! お前の嫁に会ったり堂々と街中歩いたりしてんだからフツーは“違う”ってなるだろ!」
「なるほど。もう少しでみんなに報せを届ける所でした。“ナルトはゲスチン野郎だ”って」
「……ハァ。なまえちゃんは砂隠れから遊びに来てて、俺が案内してやってんの! そんな勘違いが知れ渡ったらオレ我愛羅に殺されるってばよ」

 ナルトさんがひたすらツッコミ役になっているのはなんだか珍しい。サイさんを見つめれば、ニコリと微笑まれたので慌てて会釈を返す。

「初めまして――お姫さま」
「……えっいや、あの……っ」
「サイは初対面でバトることなくなったよな」

 ナルトさんはサイさんの言葉に関心しているけれど。サイさんは新たな勘違いをしているってこと、ちゃんと説明しなければ。不倫はとんでもないけど、“大国の姫君”と思われるのも恐れ多い事態になりそうだ。

「私は大国の姫などではないので……どうか勘違いだけは」
「ん? お世辞で言っただけだよ。一目で“大国の姫か”なんて分からないしね」
「……そ、そ、うです、よね……っ」

 体中の体温が一気に上昇して顔に集まる。穴があったら入りたい。自分から“大国の姫”なんて口にするとか、どんだけバカなんだ。……恥ずかしい、恥ずかし過ぎる。

「……サイ」
「確かに目鼻立ちはスッキリしてるし、姫君だといわれても納得だけどね」
「……いえ、もう……じゅうぶんです……ありがとうございます……」
「ボク、また間違えちゃったかな?」

 首を傾げ困った顔を浮かべるサイさんに気を取り直し、改めて自己紹介をしようとした時。「おう! 匂いがすると思ったらやっぱりナルトじゃねぇか!」と新たな声がナルトさんの名を呼ぶ。

「キバ! 赤丸の散歩か?」
「まぁな。ちなみにさっきお前ん家行ってきたぞ」
「オレの家?」
「ボルトに会いにな」
「そっか! 赤丸、ボルトと遊んでくれたんだな。ありがとだってばよ」

 両頬に逆三角形のペイントを施したキバさんと呼ばれる男性と、ナルトさんに撫でられ嬉しそうな声をあげる大型犬。改めてサイさんとキバさんに自己紹介をすれば、2人とも「よろしく!」と笑顔で応えてくれた。

「なまえさん、よかったらコレ」
「え? こ、コレ……私ですか?」
「さっきは失礼なことを言ってしまったみたいで。そのお詫びといってはなんだけど」
「そんな……ありがとうございます。サイさんは絵がお上手なんですね」
「うん。趣味なんだ」

 またしても嬉しい荷物を増やし、ふふふと笑っているとキバさんが「そういえばヒナタが夕飯作りはじめてたぞ」とナルトさんに告げ、「カレーの匂いだった」と続けられたナルトさんが「もうそんな時間か!」と声を荒げる。

「一楽のラーメン、今食ったらヒナタのカレーが入らねぇな」
「じゃあラーメンはまた今度で、」
「うーん……一楽……いやでもヒナタのカレーもうまいし……。よし、決めた!」



「みんなで集まるの珍しいわねー!」
「めんどくせーけど、たまにはアリかもな」
「ウチもカレー用意してたからビックリだよ」

 すっかり日が落ちて真っ暗になった空の下、1軒の庭先に集まる人々の声は更けた夜に負けじと明るく光っている。“みんなで一緒にメシ食おうぜ! それが最強だってばよ!”というナルトさんの提案によって、昼間に会った人々が一堂に会していた。
 ここはナルトさんの家で、庭に居るのはナルトさんの同期メンバーたち。テマリさんの旦那さんとも無事に挨拶が出来たし、ナルトさんの言う通りヒナタさんのカレーはほっぺが落ちそうなくらいおいしい。バキさんにも声をかけたけれど、カカシさんと飲みに行く約束をしたのだと断られた。

「なまえ、カレーまだあるからな」
「ありがとうございます! テマリさんのカレーも是非頂きたいです」
「言っとくけどコイツのカレーも絶品だぜ」
「なっ……お前はシカダイの面倒を見てろ!」
「なんでそんな不機嫌なんだよ、めんどくせー」

 シカマルさん、不機嫌なんじゃなくて照れてるんですよ――という言葉はそっと胸にしまい、縁側から居間に上がって台所へと進む。ナルトさんの妻であるヒナタさんが私に気付いて「あ、おかわりですか?」と微笑んでくれる。
 この里の女性はみんな逞しいけど、ヒナタさんは逞しさよりも柔らかさが強い。下げられた目尻に浮かぶ白い目はその奥に持つ温かさを覗かせていて、ナルトさんと同じような日溜まりを感じる。

「お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。今度はテマリさんのカレーを頂こうかな。あ、ヒナタさんのカレー、すごくおいしくて、すぐに平らげちゃいました」
「本当ですか? 良かった……」
「……あの、ボルトくんに触っても?」
「もちろん」

 ヒナタさんに許可をもらってボルトくんの近くに行けば、ナルトさんに抱えられたボルトくんが私をじっと見つめてきた。「初めまして、みょうじなまえです」と自己紹介をした私に、「ボルトにまで挨拶してるってばよ」とナルトさんが笑う。
 ボルトくんはなんのことやら? という顔で私を見た後「きゃっきゃっ」と笑い声をあげ、ナルトさんに似た目を細める。そんなボルトくんのことを、ナルトさんも目を細めて愛おしそうに見つめているから。

「……やっぱり、子供っていいなぁ」
「へへっ、そうだな。オレも親になって父ちゃんと母ちゃんの気持ちが今まで以上に分かったってばよ」
「テマリさんも“子供の為なら命を懸けられる”って言ってました」
「それも……痛いくらい分かるってばよ」

 じんわりと噛み締めるようにテマリさんの言葉に同意を示すナルトさん。私にもいつかこれくらい深い愛を注げる相手が現れるのかな。……そうすればお父さんやお母さん、テマリさんにナルトさんが言っている言葉の意味をもっと深く理解出来るのだろうか。

「羨ましいです」
「ん?」
「私も、“愛されている”って感覚はあります。だけど、“誰かを愛する”感覚はまだよく分からなくて。誰かをここまで深く愛せるのは、親だからなんですかね?」
「……いや。それは違うってばよ」

 ヒナタさんがカレーを届けてくれたのでお礼を言って受け取れば、ナルトさんの目線がヒナタさんに移る。2人の視線は緩やかに絡み合った後、ボルトくんへと落とされた。

「恋愛だけじゃねぇ。友達として、人として。誰かを想う気持ちは誰にだってあるもんだ。それこそ、我愛羅は風影として里のみんなのことを想ってるってばよ」

 ナルトさんの視線が瓢箪を捉える。……確かにそうだ。我愛羅さんのことを語るバキさんも、白さんのことを語るカカシさんも、ナルトさんを呼ぶ里の声も。全て、誰かを想っている声だ。
 例え親子関係になくとも、我愛羅さんは里のみんなを深く想っていることが分かるし、我愛羅さんとナルトさんが想い想われ通じ合っていることも分かる。――だとしたら私のこの気持ちもきっと、愛情なんだろう。

「我愛羅さんとカンクロウさんに、早く今日のこと話したいです」
「あぁ。“ナルトがめちゃくちゃイケメンになってた”って言っといてくれってばよ」
「ふふっ。分かりました」
「ナルト! ちょっとこっち来て!」

 庭先に呼び出されたナルトさんがみんなのもとへ行き、輪の中心で笑みを浮かべている。私が見ている景色が“愛”そのものだ。



 翌日。木の葉を発つ私たちを皆さんが門まで見送りに来てくれた。木の葉の里を1日で堪能することは不可能だったので、また必ずここに来たい。……今度は、我愛羅さんとカンクロウさんも一緒に。

「お金、必ずお返ししますね」
「1両だったっけ?」

 すっとぼける様子をクスリと笑い「三禁は大切になさってください」と言葉を返せば、「……うっ。それはそうだってばよ」と糸目になるナルトさん。

「ふふっ。生意気言ってすみません。今回はナルトさんのおかげで楽しい時間を過ごすことが出来ました。本当にありがとうございました」
「おう! 一楽のラーメンはまた今度だってばよ」
「はい! 楽しみにしています」

 まだたくさん会わせたい人も居るしな! と誇らしそうに言うナルトさんに大きな頷きを返し、他の皆さんにもお礼を告げバキさんと共に木の葉を後にする。

 すぐに名残惜しくなって後ろを向けば、みんなが手を振ってくれるから。嬉しくて、何度か振り返って私もブンブンと手を左右に振り続けた。

「荷物、持ちましょうか?」
「いえ。私が持って帰りたいんです」

 両手に抱えるお土産には、抱えきれないほどの思い出が詰まっている。
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