誇り



 潔子が男バレのマネージャーとして正式に入部して数ヶ月。ブレザーが要らなくなって半袖に変わった。あともう少ししたら夏休みが始まる。

「こないだの練習試合どうだった?」
「負けた」
「そっか。烏野ってバレー強豪校ってイメージだったけどなぁ」
「前に監督してた人が倒れちゃったみたいで」
「そうなんだ。……なんにしても負けばっかだとあんまりおもしろくないよね」

 お昼ご飯をつつきながら呟いた言葉には「悔しい」と澄んだ声が返される。その声にハッとして潔子を見つめてみても、潔子の視線は弁当箱に向いたまま。

「ごめん、無神経だった」
「えっううん。なまえに言ったとかじゃなくて」
「そう?」

 窺うように見つめ続ければ、潔子はお茶を口に含んで私に向き合う。その目は数ヶ月前より意志の強さを宿しているように思えて、思わず息を呑んでしまう程。

「何となくで始めたんだけど、頑張ってる部員を見てたら他人事じゃないなって」
「そっか」
「みんな、たくさん練習してる。それでも結果は出てくれなくて。どれだけ積み重ねたって、必ず報われるワケじゃない」
「……うん」
「だけど、それでもやめない。私は、そういうみんなを尊敬してる」

 潔子はいつだって強い。そんな潔子が尊敬している人たち。他のバレー部員とはそんなに親しくないけど、きっとみんな強いんだろうな。

「私も今度の試合、応援行くね」
「うん。ありがとう。試合、出来るかも危ういけど」
「大丈夫だよ。……って、私が言えたことじゃないけど」

 照れ笑いながら弁当箱に視線を逸らせば、向かい側から「ふふ」と柔らかい笑い声が聞こえた。潔子の笑顔はレアだと言われているけど、私の前ではこれが普通。そのことをちょっとくらい誇っても罰は当たらないだろう。



「清水さん男バレのマネでしょ?」
「あーらしいね」
「男ウケ狙ってんのかな」
「顔良いからソレ分かってやってるってこと?」
「だとしたらウザいよね」

 なんじゃコイツら。トイレはどの年代、どのクラス、誰でも利用できる場所って分かってんのか。そんな場所でこんな悪口を言って良いと思ってんのか。大体、潔子がそんな人じゃないってことくらい見てたら分かるでしょ。てか見ろ。毎日汗だくになりながら1人で仕事してる潔子のこと。見学しろ。そして謝れ。

「好きな人居るとか」
「えっ菅原だったら私被ってる」
「清水さんに狙われたらイチコロじゃん」
「狙った獲物は逃がさない――的な?」
「えっ何ソレ。メデューサ?」
「ハハ。怪物じゃん」

 バァン! と大きな音を立ててドアが開く。開けたのはもちろん私。大きな音が鳴ったことで鳴りやんだ視線は全て私に向けられている。「なに?」「怖」とか言っている女子に近づき、蛇口を捻る。

「私も怪物見たことあるんだよね」
「え?」
「トイレとか、色んな人が集まる場所で人の噂話してる化け物」
「……は?」

 ハンカチで手を拭いながら向き合う。さすがにもう察しているみたいだ。面と向かって言われてムカつくくらいなら、悪口は誰の耳にも入らない場所で言うべきだろ。そんなことも分からず井戸端会議やってんのか。

「うわ。居た」
「あ?」
「鏡、見てみたら? そこに見えるでしょ。酷い顔した怪物」

 くるりと足を向け立ち去る背中に「うるせぇブス!」と酷い言葉を向けられた。おあいにく、顔に自信を持ったことはないので、今更ブスとか言われても。それに、そういう問題じゃないし、あの人たちから何を言われても響きもしない。

「なまえ」
「あれ、潔子。待っててくれたんだ?」
「……ありがとう」
「ん? 何が?」
「なまえは可愛いから」
「……あ、あり、ありがとうっ、」

 カーッと染まる頬を見た潔子がまた笑う。だってほら。潔子から言われる言葉はこんなにも沁みわたる。
 本当の気持ちを向け合える友達って、私と潔子のことをいうのかな。だとしたら、そのことがなによりも私は誇らしい。
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